「あのー、すみません……」
昼のピークタイムが過ぎた15時、夕方に向けて品出しをしていると、突然後ろから声をかけられた。一瞬で笑顔を貼り付けて振り返る。
「はいっ、なんですか?」
「このチラシの白菜の特売なんだけど、やっぱりもう売り切れちゃった?」
見事なまでの坊主頭に、気の抜けた表情、しかし今日はいつもより悲しそうな雰囲気のラフな格好の男性。うちの常連客、サイタマさんだ。そしてその隣には鬼サイボーグことジェノスさん。そうか、今日の特売商品は白菜だったか。
「売り場になかったですか? ちょっと確認してみますので少々お待ちください」
ふたりに背を向け、インカムの通話チャンネルを操作して店長直通にあわせる。
『店長、S番です。今日の特売の白菜の在庫ってもうないですか?』
インカムに向けて小声で話す後ろで、何やらジェノスさんが詫びを入れて、それを受けてS番、もといサイタマさんが特売忘れていた俺も悪いと返している。どうやらこちらの話は聞いて無さそうだ。少しホッとする。
『S番? あちゃー、白菜はもうないんだよなぁ』
『そうですか、わかりました。ちなみに今日GTSします?』
『ああ、今夜の予定分を少し出そうかな。品出しお願いできる?』
『わかりました、準備しますー』
インカムの通話を終了させて、ふたりに向き直る。先にジェノスさんと目が合い、その様子を見てサイタマさんもこちらを向く。
「申し訳ございません、白菜、もう売り切れてしまったようです」
「やっぱり……」
あからさまに落ち込んでいる様子を見ると、ファンとしてこちらも心苦しい。
「俺のせいで、すみません先生っ!」
「だから、俺も昼まで寝てたし、無い物は無いでしょうがねぇよ。それよりジェノス、今日の晩飯何にする?」
全力で謝るジェノスさんにサイタマさんが苦笑を浮かべ、連れ立って他のコーナーへ去っていった。
俺のバイト先であるここ、むなげやZ市北西店のスタッフの皆は、実はサイタマさんの隠れファンである。もちろん俺も。ゴーストタウンからそう遠くなく地価が安いエリアのため、うちの店は怪人どころか強盗被害にも何度かあっているが、それらに偶然居合わせたサイタマさんに何度も助けられてきた。目の前で巨体の怪人を一撃で屠る姿を見たとき、その圧倒的な強さにシビれ、本物のヒーローだ、と子ども心に抱いていた正義への憧れを思い出して自然とファンになっていた。
しかし店長、あの人はヤバイ。自分とは比にならないほど、サイタマさんの熱烈なファンだ。何度か話したこともあるそうで、サイタマさんの強さと人柄に心酔してしまったらしい。デスクにはハゲてない頃のサイタマさんとのツーショット写真を飾っている。さらにどんなに小さな記事でもスクラップをし、他のヒーローの記事であっても「これはサイタマ君がやったものではないか」と想像しながらこちらもスクラップをしているらしい。前に見せて貰ったが、サイタマさん関連の記事は滅多にないのに、よくもまぁこんなに、という量に同じファンではあるが正直ちょっと引いた。
そう言えばサイタマさんのことをS番という暗号で情報共有しようと提案したのも店長だったような。その情報を元に、今回のようにサイタマさんのためにタイムセールを繰り上げて、ゲリラタイムセールを実施したりする。サイタマさんのファンであることは圧倒的少数派であるため、店長という立場と他のお客様の手前、風評被害が怖くて本人に堂々とファンだと言えない葛藤があるらしく、店長なりの推しの支え方らしい。
他スタッフも俺のように危ないところを助けて貰ったり、職場を守ってくれたりした事実と、それでいて驕らず謝礼も受け取らない姿勢に、そして質素な生活をしているらしい買い物内容に、常々この人に何かしてあげたいと思っていたので、店長のS番対応には協力を惜しまない。
憧れの人と少しでも話せたことと、間接的にもサイタマさんにお礼が出来る機会が訪れたことに、今日はラッキーだと気分を上げながら早足でバックヤードに向かった。