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むなげやより愛をこめて

 今朝の特売は白菜だから、朝一からご機嫌なサイタマ君の顔を見れるかと思っていたが、どうやら来なかったようだ。残念無念。ヒーロー活動で忙しかったのかもしれない。彼の好物が白菜だということは、何度か売り場で見かけているうちに気が付き、それ以来うちの店では白菜の品切れを起こさないよう心掛けている。

 そんなことを考えながらデスクで事務作業をしていると、スタッフからインカムの呼び出しがかかった。

『店長、S番です。今日の特売の白菜の在庫ってもうないですか?』
『S番? あちゃー、白菜はもうないんだよなぁ』

 白菜の品切れを起こさないようにしているものの、特売の日は別だ。特売用として確保した商品は出し尽くしてしまった。目的の白菜を安く買えずに落ち込んでいるだろうことは想像に難くなく、こちらまで切なくなる。

『そうですか、わかりました。ちなみに今日GTSします?』

 ふいにゲリラタイムセールの開催について隠語で聞かれた。本人がすぐ近くにいるのか。今日は18時から鶏肉のタイムセールを予定していた。これを繰り上げて10分だけのゲリライベントをしよう。そうしよう。

『ああ、今夜の予定分を少し出そうかな。品出しお願いできる?』
『わかりました、準備しますー』

 うちのスタッフにもサイタマ君のファンが多いため、こういう気付きはありがたい。元々ゲリラタイムセールは、この店やスタッフを何度も危機的状況から救ってくれた彼の力になりたくて始めたものだ。あんなにも強く、格好良いのに、そしてその若さ相応にしっかり食べないといけないのに、おつとめ品ばかりを買っていく話や肉類の安売り日に上機嫌になっている話などを聞くと、なんとかこの不世出のヒーローを支援してあげたくなるのが人心というものだろう。

 面と向かってのお礼は遠慮されてしまうためにこのような形になったが、タイムセールのゲリラ開催は今やちょっとした名物イベントにもなり、それに遭遇することを楽しみに買い物に来てくれるお客さんもいる。結果的に売上も上がり、一兎を追う者は二兎をも得る、だ。

 さて今日はどんな服装だろうか、どんな顔をして喜んでくれるだろうか。年甲斐もなくワクワクしながら30%オフのシールを棚から取り出して精肉売り場に向かう。

 ピークタイムが過ぎた後の中途半端な時間のため店内の客数は多くなく、昼ご飯を終えて買い物に来たのだろう、高齢者や幼児連れの主婦が目立つ。普段と何ら変わりない、いつも通りの平日の昼すぎだ。

 鶏肉売り場前に着くと、先程内線をくれたスタッフがちょうど鶏肉を積んだ荷台をスタンバイさせたところだった。ゲリラタイムセールでは品出しが追いつかなくなることがあり、万が一にもそうなると強いクレームになってしまうため、すぐに補充できるよう予め追加商品を持ってきておき、自分と誰か他スタッフと二人一組で実施するようにしている。今日はどのような塩梅になるか。隣にいるスタッフとアイコンタクトを取り、インカムで他のスタッフに繋ぐ。

『えー、こちら店長。今から精肉売り場にて10分間、鶏肉どれでも、おひとり様1パック、30%オフのゲリラタイムセールを行います。放送おねがいします』

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