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むなげやより愛をこめて

「晩飯何にする?」
「俺は何でも構いませんよ」
「えー、何でもっていうのが一番困るんだよ。今日は白菜と豚バラのミルフィーユ鍋のつもりだったからなぁ……ダメだ、ぱっと思いつかねぇ」

 買い物かごを持つジェノスと並んで売り場を巡るが、昼飯を食べたばかりの上に、献立変更で何も思い浮かばない。急にジェノスが足を止めたので振り返ると、眉間にシワを寄せて酷い顔をしていた。

「ん、どした?」
「……俺が先生に無理を強いたばかりに、よりにもよって白菜の特売を逃すとは! 弟子失格ですっ!」
「ちょっ、おまっ、何言ってんのこんなとこで!?」

 本人は懺悔しているだけだろうが、こちらは昨夜と今朝の情事を思い出してしまい顔が熱い。誰かに聞かれていやしないかと辺りを見回すと、近くで女性店員が品出しをしていたが、こちらに関心を持たず黙々と作業をしている様子にホッと胸をなで下ろす。

 確かに昨夜のアレがなければ、いつも通りに起きて、特売にも間に合っていたと思う。というかそもそも考えてみると、晩飯後に寝転んでチラシを見ていただけで襲われる意味がわからない。どこにムラッとくる要素があったのか。そして夜に散々ヤったというのに、朝起きるとともにスイッチがオンになる若さが怖い。目覚めた瞬間に襲われるって何の寝起きドッキリだよ。なんでそんなに元気なんだ。しかし一番恐ろしいのは、なんだかんだジェノスの押しの強さに流されてしまう自分だ。今度こそ、今度こそちゃんとNoと言おう。

「先生、あの……」

<ピーンポーンパーンポーン……>

 意を決していた俺にジェノスが何かを言おうとしたタイミングで、突然の、しかし聞き慣れた放送音が流れ、すぐさまジェノスと目を合わせて無言で頷きあう。

<ただいまより10分間、精肉売り場におきまして、おひとり様1パック限り、鶏肉どれでも30%オフのタイムセールを行います! ぜひこの機会にお買い求めくださいませ!>

 精肉売り場、と聞こえた瞬間に二人して全力の早歩きで精肉売り場へと向かう。

「先生っ、俺はジャンボパックのモモ肉いきます!」
「おう、じゃあ俺はジャンボのムネ!」

 精肉売り場に近い場所にいたため、すぐにそのエリアに着くが既に主婦層の先客が数名。いつも通りの作戦で先にジェノスを行かせ、女性陣がそちらに気を逸らした僅かな隙間を縫って、目当ての鶏ムネ肉ジャンボパックをゲット。割引シールを貼ってもらいにいそいそと店員のところへ向かう。ペタリ、と貼られた30%オフの派手なシールを見ると、思いがけないラッキーについ笑みを浮かべてしまう。

「いつもありがとうございます!」
「えっ、あっ、ども……」

 ニヤニヤしていたせいか、店長の名札を着けたオッサンに話し掛けられてしまった。愛想笑いと適当な相槌を返し、気恥ずかしさから足早にその場を離れる。

「先生っ! モモ肉ゲットできました!」

 人だかりから少しずれて、なんとなしにウインナーやベーコンを見ていたところ、ジェノスの声に振り返れば30%オフシール付きの鶏モモ肉ジャンボパックを掲げていた。

「おー! やったなジェノス! 鶏肉のゲリラセールに当たるなんて超ラッキーだよな!」

 ジェノスの買い物かごに鶏肉を入れる。これほどの量を安く買えるとは。

「はい! 本当にラッキーでしたね、きっと先生の日頃の行いが良いからでしょう」
「いや俺は関係ねーだろ。しかしアレだな、マジでお前がいてくれて良かったと思うわ」

 これまでのタイムセールでは、主婦客に負けることが少なくなかった。男で、しかも人一倍力の強い自分が女性を押し退けるなんて危ないことをできるわけもなく、為す術無く敗退していた。しかしジェノス効果は絶大で、ジェノスとともに参戦したタイムセールで目的の商品をゲットできなかったことはない。

「せ、せんせえぇ……!」

 感極まるような声に呼ばれて目を向けると、にやけてしまうのを無理に殺そうとしつつも隠しきれずに、口元をもにゅもにゅさせている残念なイケメンヒーローの顔があった。

「ぶっ、何だよその顔、面白いことなってんぞ」

 弟子兼年下恋人の、こういうところはちょっと可愛い。巷では鉄の無表情だかなんだか言われているらしいが、これのどこが無表情なんだと常々思う。

「あ、なぁ、久々に唐揚げでもする?」
「しましょう! 唐揚げなら先生、普通のと、ニンニク醤油味の2種類作りませんか? 先日簡単で美味しそうなレシピを見つけまして」
「おっ、いいなそれ、美味そう。今夜の晩メシ決まりだな」

 ジェノスから唐揚げの新しいレシピを聞きながら、ニンニク、レモン、ハイカラの説明をしつつハイボールの缶、その他諸々をかごに追加してレジへと向かった。

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