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むなげやより愛をこめて

 エコバッグに買った物を手早く詰め込んで急いで外に出ると、サーチアイを使う間もなく、出入り口近くのポールに結びつけられた犬を撫でている先生の後ろ姿を目視確認できた。

「先生っ! 良かった、待っていてくださったんですね!」
「……別にお前待ってねーし。コイツと遊んでただけだし」

 声をかけると立ち上がり、スタスタと歩き出されてしまった。慌てて追いかける。

「先生、さっきはすみませんでした」
 
 機嫌を損ねてしまったらしい先生の様子を窺おうと、横に並び、顔を覗き込みつつ詫びを入れてみる。しかし、無言のまま逆側を向かれてしまった。先生の向いた側に移動すると、またさらに逆側を向く。

「先生……」

 ひょっとしてこれは本気で怒らせてしまったのだろうか。さっきまで鶏肉を安く買えてニコニコしていらしたのに。

 ……嫌われてしまった?

 ふいに脳裏に浮かんだその言葉が持つ恐ろしさに、自然と足が止まってしまう。

 でも、だって、ずっと先生が笑っていて、嬉しそうで、そんな先生を見ていたらこちらまで幸せな気持ちになって、抱きしめたくなって。人前でそんなことをすると絶対に怒られるからグッと我慢して。溢れそうなその気持ちを少し吐き出したくて、家に帰ったら先生のことを抱きたいですと耳元で囁いたら、こうなってしまった。俺の堪え性の無さが憎い!もしも先生に嫌われてしまったとしたら、俺はこの先、どう生きていけばいいのかわからない。ついさっきまであんなに幸せだったのに、一転して絶望が足元から這い上がってくる。

「……ノス、……ジェノス!」

 大きな声で名前を呼ばれ、ハッと顔を上げると目の前に先生がいた。

「お前なんつー顔で突っ立ってんだよ。ほら、さっさと帰るぞ」
「え? せんせ……?」

 先生の左手に右手首を掴まれ、そのまま歩かされる。状況の理解が追いつかないが、帰ると言って手を引かれている。……一緒に帰っていいのか。ということは、嫌われてない?機械の体だというのに、掴まれたその箇所から全身に、先生の体温が巡っていくようだ。

「……あの、先生」
「何?」

 声を掛けてみた。こちらを向かないまま返事をされる。

「……好きです」
「……うん」
「大好きです」
「うん」
「この世の誰よりも、サイタマ先生を愛してます」

 手を離されると同時にバッとこちらを振り向いた。頬が薄く桃色に染まっている。

「おまっ、こんな人の往来があるとこで、んなこと言うなっ! ばか!」

 言うとすぐに、早歩きで先を行ってしまう。……あぁ、なんて可愛い人だろうか。

「待って下さい先生っ」

 自然と声が弾むのを自分で感じながら追いかけ、もう一度横に並ぶ。

「先生、手を繋ぎたいです」
「フェンスくぐるまでダメ」
「先生を抱きしめたいです」
「家に帰るまでダメ」
「キスを、」

 先生がこちらを向いたので言葉に詰まってしまった。あー、と唸りながら先生の視点が少し泳いだ後、はぁ、と小さく溜め息を吐いて、口が開く。

「……夜になるまで、ダメ」
「っ、先生……!」

 ダメという言葉で、許可してくれる。そんな先生の優しさと可愛らしさにコアが高鳴る。愛しい、なんて言葉では表せないほどの感情が心を満たしていく。

 早歩きで帰り道を急ぐ先生に歩速をあわせる。

 先生と俺以外の人間がいなくなる危険区域のフェンスまで、あと1.3km、あと1km、あと…………。

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