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アップ

 朝7時、先生が起床する。7時半、ニュース番組を見ながら朝飯を食べる。9時、青いジャージに着替えて周辺のパトロールを兼ねたジョギングに出発。朝のタイムセールが無い今日は9時半過ぎに帰宅。

 怪人に遭遇せず汚れていないからとジャージのまま室内でスクワット、上体起こし、腕立て伏せを各100回ずつ、いつもの筋力トレーニングを行う。 気まぐれに親指一本で腕立て伏せをしたり、俺を両肩に担いでスクワットしたりもする。俺の機械の身体ゆえの重さが先生のトレーニングに少しでも役立っているなら嬉しい。

 先生が暇を持て余しがちなのは何年も同じルーティンで規則正しい生活を送っていらっしゃるからではないか、と推察しながら俺も昨日と同じように先生の朝の活動を記録する。

「――ふう。流石にもうこの季節は、ちょっと身体動かすだけでも汗が出るな」
「先生、麦茶をどうぞ」
「おっ、あんがと」

 先生のトレーニング終わりを見計らって、冷蔵庫で冷やしておいた麦茶を差し出す。お茶一杯で緩むその表情が愛おしい。一気飲みして空になったグラスを受け取り、再び麦茶を注いで手渡す。

「なんか蒸し暑くて身体がべたべたするから、ちょっとシャワー浴びてくるわ」
「わかりました、ではタオルとパンツをご用意しておきます」
「おー」

 いつもは洗面所で服を脱ぐのに、よほど暑いのか居間の窓際で服を脱ぎ始めてしまった。トレーニング後の先生は筋肉が浮き上がって見え、とても逞しく格好良い。先生の肢体を刮目して計測を行い、クラウド上のデータベースに記録をしながら過去の計測データを確認すると、その数値に変化が生じていたことに気付いた。

「先生。チェスト、ウエスト、ヒップ、そして上腕と太腿も3か月前より増量しています」
「えっ、なに、太ったってこと?」

 パンツ一枚となった先生が眉間にしわを寄せ、顎に手を当てて困惑している。最近の飯の用意は俺に任せていただき、カロリーや栄養バランスもすべて計算しているので、太るような食生活ではないはずだ。――となると。

「ちょっと体重と体脂肪率を計らせていただきますね」
「うん」

 先生の両脇の下に手を差し込んで、そのままグイと身体を持ち上げて計測する。体重72kg、体脂肪率9%。体重が若干増えているが、体脂肪率に変化がないので、これは、つまり。

「どう?」
「先生、バルクアップされているようです」
「バル……?え、なんて?」
「バルクアップ、です。体重が2kgほど増えていらっしゃいますが、筋肉量が増えているようです」

 先生を床に降ろしながら計測結果をお伝えすると、太ったわけではないことにホッと一息を吐かれた後で「まだ筋肉増えるってすげーな、お前と同じS級の黒いやつみたいになったらどうしよう」と口にしながら、困ったような、それでいて少し嬉しそうに笑った。

 既に地上最強でありながら、尚も成長を止めない先生の肉体。俺が先生に追いつける日は来るのだろうか。パーツを変えるたびに手合わせをしてもらっているが、先生の強さに近付いている気がしない。

「ん、あれ、ジェノス? どした?」

 俯く俺を覗き込むように見てくる先生の黒い瞳と目が合い、居た堪れなさに横を向いて先生の視界から逃げた。

「ジェノス?」
「――先生。俺を置いて、あまり強くならないでください」

 最強のヒーローを目指してこられた先生に、自分の弱さを棚に上げて、こんなこと言うのは筋違いだし、間違いだと理解している。しかし、言わずにはいられなかった。膝の上の両手を固く握りしめる。

「なんだ、そんなことで落ち込んでたのお前」
「っ、そんなことだなんて! 俺はっ!!」

 先生に抗議をしようと勢いよく顔を上げるとそこには、二ッと口角を上げた先生の顔があった。再び目が合うと、先生の手が伸びて俺の頭に置かれ、そのままワシワシと撫でまわされる。

「えっ、あ、あの」
「大丈夫だよ、初めて会ったときよりも強くなってるもん」
「そ、そんな気遣いは無用です!」
「お前さ、俺が気遣いでこんなこと言うヤツだと思ってんの?」

 あぁ、確かに先生は他者に気を遣うことなく、いつも自然体で、自身の考えや気分に従って生きている人だ。――しかし、俺の強さは俺が一番理解している。先生の足下にも及ばないことも。

「いや、そこで黙られるのもなんか傷つくんだけど。 ――うん、でも、強くなってるってのはマジだって。手合わせのたびに技のバリエーションや火力増えてるから、短期間で成長スゲーなって思うし、お前とやるの楽しいよ」
「先生……!」
「だからそう急ぐなって。まだ19だろ。お前には伸びしろしかねぇよ」

 先生がもう一度笑みを浮かべた。

「うしっ、さてと、風呂だ風呂、ジェノスタオルよろしくなー」

 そう言って風呂場へと向かう先生の背中を、俺はただ見るしかできなかった。でも。

「楽しい、か……」

 先生の感情を揺さぶることができている事実は、素直に嬉しく思う。少しでも早く、もっと貴方の近くに行きたい。貴方と同じ場所から同じものを見て、感じたい。

 だからどうか、それまでもう少し待っていてください、先生!

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