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サイ夕マ先生、スーパー銭湯に行く

 自分が追加で持ってきた漫画とジェノスが持ってきていた雑誌を元の場所に返して寝椅子に戻り、片肘をついて横を向く。頭からタオルを取り、その衣擦れと眩しさで起きるかと思っていたが、なかなか起きない。

(何時にも増して寝てるな……、温かい場所だと深く眠れるのかな?)

 脳は自前ゆえに休ませる必要があり、それゆえのスリープモードだと聞いたことがある。それならば、深く眠れるにこしたことはない。と、思って寝かせていたが、壁の電子時計は13時を示しており、流石に腹が減った。

(珍しくよく寝てるけど、そろそろ起こすか……)

 どうやって起こそうかと少し悩んだ後、ジェノスの頬をふにふにとつつく。

「ジェノス起きろー。昼飯食おうぜー」

 周りの迷惑にならない程度の声量で起床を促し、頬をつついていると、ゆっくりと目を開いた。

「おはようジェノスくん。お前が家以外で爆睡するなんて初めてじゃね?」
「…………はっ?!先生っ、俺、えっ、13時?!」

 自前の時計で時間を確認したらしく、飛び起きて何やら慌てている。漫画にあるような起き方で面白い。

「ははっ、やっと起きたか。いやもう気持ちよさそうに眠るんだもん、起こし損ねたわ」

 実際には寝息を立てることもなくタオルに埋もれていたけれど、そんな感じがしたのでそう言っておく。

「すみません先生っ、こんなところで寝入るとは、あっ、雑誌も……」

 ジェノスに続いてこちらも身を起こし、タオル類とペットボトルを持って立ち上がる。

「起きたなら飯だ飯、腹減ったー」
「何から何まですみませんっ、お詫びに昼飯ご馳走します!」

 食事処へと歩む後ろを、ジェノスが謝りっぱなしで着いてくる。

「ははっ、お詫びは600円のソフトクリームだけで良いって。昼飯ちょっと遅くなったし、ソフトクリームは帰る前に食おうぜ」
「はいっ!」

 岩盤浴エリアからロビーに出ると、朝よりも人が増えていた。そこを通り過ぎて食事処へ。平日の、それもピークタイムを少し過ぎた時間なので空席が目立つ。好きなところに座って良いと言われたので、窓際で比較的周りに人が少ない掘りごたつ席に座る。すると直ぐに店員が水とおしぼりを持ってきた。ご注文はそちらのタッチパネルからリストバンドをかざしてご注文ください、との説明を受ける。

「ん?ああ、ここにかざせば良いのか。なるほどなー」

 店員に指し示されて見ると、タッチパネルの隣の小さな機械が赤外線を発していた。店員が立ち去った後、二人してメニューを開く。

「おー、そんなに高くないんだな」

 ステーキランチは流石に2200円とそれなりの値段だが、他はだいたい1000円前後で思っていたよりは良心的だ。

「俺この、鶏もも肉のグリルセットにするわ」

 注文するものを決めつつもメニューをあっちこっち捲っていると、電子音が聞こえ、顔を上げるとジェノスが微かに震えながらタッチパネルを操作していた。

「ん?どした?」
「先生、見て下さい、俺……、タッチパネルを操作できますっ!」

 何をさっきからピッピしてるのかと思いきや、タッチパネルの操作ができることに感動していたらしい。

「ふはっ、そうか、お前いつもは手が金属だから反応しないのか!ははは!!良かったなー」
「鶏もも肉のグリルセットですね!お任せ下さい!!」

 楽しそうにタッチパネルを操作し、鶏もも肉のグリルセットと、ロースカツカレーセットが入力される。続いてリストバンドをかざすよう画面が変わり、ジェノスが自分の腕から外したソレをかざして、注文完了画面が表示された。

「ん、あれ?今のだと、両方ともお前の精算に入っちゃうんじゃね?」
「え、あ、ハイ、そうですね」

 しれっと視線を外すところを見ると、どうやら確信犯らしい。

「もー、またそういうことする。ちゃんと後で返すから、俺の分は、えっと、1000円だな」
「ああ、はい、でも別にかまいませんよ」
「お前がかまわなくても俺がかまうの!年下に飯代を出させるなんて、そんなかっこ悪い」

 頬杖をついてジェノスから顔を背け、窓の外を見る。朝から引き続きの晴天。食べ終わったらもう一度岩盤浴行って、露天風呂に浸かって、ソフトクリーム食べて、あまり遅くならないうちに帰ろうとプランを練る。

(サウナ勝負で負けて俺が飯当番だしな。とはいえジェノスのことだから、手伝うとかなんとか言って、結局また二人で作ることになりそうだけど)

 晩飯から連想して、料理雑誌見ながら寝落ちしていた顔を思い出し、ふ、と自然に微笑みがこぼれる。

(あんな風に癒されるのなら、あとこんなに人が少なくて過ごしやすいのなら、また秋頃に来ようかな。朝から一日中過ごせて、色々楽しめて、飯代含めて2000円ちょっとなら許容範囲だし)

 なんとなしに顔を正面に戻すと、ジェノスが真顔でこちらを見つめていたことに気付く。

「えっ、何?」
「あ、いえ、なんでもありません」

 ジェノスが視線を窓に移したので、何だったのかと首を傾げる。その後、自分も再び窓の向こうに目を遣り、大空に浮かぶ雲の流れをボンヤリと目で追ってるうちに料理が運ばれてきた。鉄皿の上でジュージューと油が鳴る様子に食欲が刺激される。

「こういうファミレスっぽいもん久々に食うなー」
「冬場はおでん屋ばかり行ってましたもんね」

 ジェノスが机の端のケースからフォークとナイフを取ってくれたのを両手に持つ。

「寒いとおでんが旨いからなぁ。いただきまーす」
「いただきます」

 プリプリした鶏もも肉にフォークを突き立てて一口分切り取ると、押し出された脂がジュワワと音を立てる。値段相応の肉質と味だけど、このシズル感があるだけで満足度が高まるのは何でだろう。

「こういうのって何か良いよな。冷めづらいし、音だけでも美味そうな感じする」

「……鉄皿、ですか?」

 カレーを頬張りながら真剣な目をしたジェノスが応える。

「俺と先生なら作れますよ、鉄さえあれば」
「え、マジで?どゆこと?」

 予想外の返答に、もぐもぐ、ごくん、とジェノスが口の中を空っぽにするのを数秒待つ。

「はい、まず、俺が焼却砲の火力を利用して鉄を熱し、やわらかくします」
「うん」
「次に、やわらかくなった鉄を、先生がその拳で打ち延ばします」
「うん、ちょっと待て」

 予想外の作り方に、フォークとナイフを動かす手も止まる。ジェノスがその火力で鉄を加熱するのはわかる。が、俺が鉄を打ち延ばすという部分がどういうことなのか理解が追いつかない。刀鍛冶が使うトンカチよろしく、俺がこの手で叩いて延ばすということか。

「やらねぇよ、そんなの。ぜってー熱いじゃん」
「え、先生にも熱いとかってあるんですか?俺の焼却砲を浴びても平然としてましたよね?」

 この人は何を言ってるんだろう、というような顔でジェノスが首を傾げる。たしかに焼却砲の巻き添えをくらったのは一度や二度ではないし、実際に火傷するような熱さは感じないが、そういう、なるほどコイツはそういう感じで。ストレスそのままに、切り分けていた鶏肉にブスリとフォークを刺す。

「浴びてますよね?じゃねぇよ馬鹿!俺の服をことあるごとに燃やしやがって」
「あっ、それは、はい、すみません。でもちゃんと先生に似合う服を弁償させていただいてますし、先生もわりと気に入って着てくれていますよね?冬場はあのダウンジャケットよく着てくださっていましたし」

 詫びながら反省色を浮かべたのは束の間、ちょっとドヤ顔をしてくるのが妙に腹立つ。

「おまっ、いやあれは別に気に入ったとかじゃなくて!軽いのにすげぇ暖かかったから着てただけだし!」
「一見普通のデニムに見える裏起毛のパンツも」
「あれもっ、」
「ウニクロのヒーテック素材のインナーも」

 ドヤ顔のまま、焼却されては買い直された衣類を次々に列挙されていく。気に入ったとかそういうんじゃなくて、どれも暖かいから着ていただけであって、と言おうとしてふと、恐ろしいことに思い至ってしまう。

「あっ……お前、あのさ、まさかとは思うけどさ、わざとじゃねぇよな……?」

 恐る恐る聞いてみると、ジェノスのスプーンの動きがピタッと止まった。

「えっ、いえそんな……、そんなハイそんな……」

 口元はドヤ顔していたときの形のまま、少し俯いて視線を逸らされる。

「まさか本当におま」
「あっ、そういえば先生、ことあと14時からサウナでオートロウリュがあるらしいですよ。さっきの岩盤浴エリアでポスターが貼られてました」

 問いただそうとした矢先、聞き慣れない言葉に割って入られて口を止める。

(オートロウリュって何だ?)

 岩盤浴はわかるが、その次の単語がどういうものなのかわからない。ポスターなんて見ていなかった。

「なにそれ?」
「ロウリュとは、浴場のサウナの中で高温の水蒸気を発生させ、スタッフが大きなうちわやタオルで仰ぎ、熱風を客に浴びせるサービス……とホームページに書いてありました」

「えっ、それスタッフ大変そうだな」

 サウナってことは客は皆、裸で座っているはず。そこにおそらく服を着ているだろう店員が熱風を送る、と。裸の男達が並び座っているところに向けて、うちわやらタオルやらで仰ぐ様子を想像してみると、なかなか不思議な光景だった。ジェノスの話を聞きながら食事を進める。

「オートロウリュとは、これが人力ではなく、機械で熱風を発生させ、室内に循環させるシステムのようです。」
「へぇ、ちょっと気になるな。14時からか。今何時?」
「今は13時20分です」

 時間を逆算するとギリギリ先程考えていたプラン通りでいけそうだと考え至り、その流れをジェノスにも説明して同意を得る。そうと決まれば、話しているうちに少し冷めてしまった昼飯をさっさと食べるに限る。

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