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サイ夕マ先生、スーパー銭湯に行く

 昼食後、再び岩盤浴エリアへ。先程と同様に、水を一口飲んでから冷蔵庫に入れて冷やしておく。

「ジェノス、ここ65度だって。ちょっと入ってみようぜ」
「はい!」

 岩盤浴エリアで一番温度が高い部屋に興味本位で入ってみると、まず床が熱く、室内の温度も熱い。先程は石が敷き詰められていたが、こちらは岩盤で平らだった。元々長居するつもりはないので、出入口から程近いところにタオルを敷いて横になる。

「20度違うと全然違うなー」

 自分の腕を枕にしてまずはうつ伏せになると、じわじわと温まったさっきとは違い、ハッキリとした熱さを感じる。

「そうですね、先生の体表温度の上がり方も先程とは違います」

 顔だけ左を向くと同じような姿勢でこちらを向くジェノスと目が合った。サイボーグなので当たり前だけれども、汗一つかいていない澄まし顔で、何が楽しいのか俺の体温を計測しているらしい。

「お前は熱くねーの?」
「ええ、まあ、温度の認識はできますが」
「そっか」

 適当な返事をして目を瞑る。

(……認識する、か)

 ジェノスには寒いとか暖かい、冷たい熱いといった感覚がないらしい。それは今初めて知ったわけではないけれど、改めて聞くと、そうか、と思う。でもさっきの爆睡といい、ジェノス自身が適温を心地良いと認識できずとも、ジェノスの生来の脳は、きちんと心地良いと感じてリラックスできているんじゃないだろうか。思い返してみれば、熱くもなく寒くもない日で、窓からの日差しがポカポカと暖かい時間帯のうたた寝率が高い気がする。まぁ、そういう日はたいてい先に俺が寝てしまっているから、それにつられているだけなのかもしれないけれど。なんて、考え事をしているうちに熱くなってきたので転がって仰向けになる。

「あっちぃ……」

 なんとなく腕を顔の前まで持ち上げてみると早くも玉の汗が浮かんでいた。部屋の空気自体が熱いからほんの数分でも汗が出る。触ると腕の表面が熱い。ふと気になってそのまま手を横に伸ばし、ジェノスの腕も触ってみる。

「えっ、先生?」

 触れた人工皮膚の肌は、同じくらいに熱かった。

「はは、なんだ、やっぱりお前も熱いんじゃん」

 ジェノスが目を見開いて驚いた顔をしている。自分の体のことにそんなに驚かなくても。寝転んだまま頭の上に置いたタオルを探し当て、顔を伝う汗を拭う。

「あー、しかしこの熱さは無理だわ……」

 入ってから10分と経っていない気がするが、食後直ぐということもあってか高温がつらく体を起こす。

「……先生、それなら風呂に行く前に一回クールダウンしませんか?ここの前に、体を冷やす用の部屋がありましたよ。おれもちょっと、コアを冷やします」
「あ、そう?大丈夫?」
「ええ、ハイ、まぁ、問題ありません」

 何でだか難しい顔をしているジェノスに首を傾げて尋ねると、珍しく顔を逸らされた。機械の体に、このタイプの熱さはよっぽど良くないのかも知れない。手早くタオルをまとめて部屋を出て斜め前の部屋を見ると、冷却房というそのまんまな名称の看板が掛かっていた。寒い部屋だからか他と比べて狭く、横長で対面式になっている座席だけがあり、先客もいない。

「うわ、確かに冷たい……おお、座るところもヒヤッとしてるな」

 扉を開けた瞬間に感じた冷気が床から素足にも伝わり、座るところも冷えていたため尻が冷たい。体の熱がぐんぐん奪われていくのを感じる。しかし、それにしても。

「えっと、どしたのジェノス」

 狭い部屋だというのに、わざわざ対面に座り、俯いているジェノスに声をかけてみるが反応無し。

「え、さっきの熱さでコアそんなにヤバいのか?先に帰った方が」
「帰りません!大丈夫です!」
「おっ、おお、大丈夫ならいいけど……」

 あまり見ない雰囲気のジェノスに、こちらが困惑してしまう。威勢良く返事をしながら上げられた顔は、やけに真面目な目をしていた。

(あれ、俺何かジェノスを怒らせるようなことしたっけ?……してないよな?)

 さっきまでの遣り取りを振り返ってみるものの思い当たる節は何もなく。考えてもわからないことは早々に諦め、目を閉じてヒンヤリ感に身を任す。ふと、キンとしたその冷たさから、去年の夏によく食べていたカキ氷を思い出す。ジェノスが初めてカキ氷専用アームを自慢気に装備してきたときは驚いたが、店で食べるよりも氷が細かくフワフワで、なんだかんだ頻繁に食べていた。水を凍らせれば食べられるし、シロップもそこまで高くないのも良い。冷えた部屋で冷たい食べ物を考えていたからか、少し肌寒さを感じはじめて腕をさする。

「俺そろそろ風呂に移動するけど、お前どうする?」
「あ、はい、ご一緒します」
「ん」

 冷たい部屋を出ると体が少し弛緩するのを感じ、便所に寄ってから再び脱衣所へ。ジェノスに預けていた水を受け取り、水分補給をしてから服を脱いでいく。午前中に使ったフェイスタオルが冷たいけれど、我慢して腰に巻く。

「流石に人が増えたな」
「ですね」

 軽くシャワーを浴びて汗を流し、外湯に出てみると、朝とは異なり大学生のように見える年代の者や、仕事が休みなのか30代くらいの者などが増えていた。機械と人工皮膚が奇妙なバランスで存在しているジェノスの体が視界に入ると一様に驚いた顔を見せるも、目が合うと気まずそうに視線を外される。が、気になるのかチラチラと見られている。横を歩く当人を窺い見ると、周りからの不躾な視線が気になるのか、顔を不愉快そうに歪め、周りを睨みつけていた。

「ちょっ、お前、ヒーローがしちゃいけない顔になってんぞ?」

 声をかけてみると、チッ、と舌打ちされた。弟子の機嫌がすこぶる悪くてちょっと怖い。 

「……先生の素晴らしい肢体を無遠慮に見てくる全ての目を今すぐ焼き潰してやりたいです」
「は?そっち?ていうか見られてんの俺じゃなくてお前だろ」

 誰が俺みたいな男の体を気にするのかと否定するが聞いちゃいない。それどころか焼却砲が隠された手をグッパグッパと動かして何かを堪えているあたり、よくわからないがヤバそうだ。

「あっ、あれ入ってみようぜ!」

 文字通り今にも火を噴きそうなジェノスの気を逸らすのに、寝そべって入るタイプのジェットバスを見付けて指差す。温まっていない体に外気は寒いため早足で向かい、かけ湯をして中で足を伸ばし座る。

「これを押せば良いのか?」

 そばのボタンを押すとジェットバスが起動して勢いよく湯を吹き出した。予想以上にその勢いが強く体を前へと持って行かれるため手すりを掴む。

「おお、湯の勢いが凄い……けどこれ体動いちゃうな、って」

 声掛けながら横を向くと、隣のジェノスはジェット水流に微動だにせず、何のことかと首をかしげている。

「っぶ、ははは、凄いなお前、全然体動いてないじゃん!体重何キロあんだよ?」

 笑いながら聞くと、プイッとそっぽを向かれた。

「……体重は秘密です」
「ははっ、女かよ」

 浴槽の中で腰や背中の良い感じの位置に水流が当たるよう姿勢を微調整したら、ふぅ、と一息吐き晴天を見上げる。

「もう春だなぁ、桜咲いたら花見にでも行くか」
「はいっ!行きましょう!弁当はお任せください!」
「ははっ、弁当まで用意するなんてガチ花見じゃん。ていうかお前、切り替え早っ」

 ついさっきまで鬼の形相だったというのに花見の一言でニコニコしている。そんなに花見が好きだったとは、意外な一面があるもんだ。

「でもZ市の桜がある公園は毎年すごい人なんだよなぁ」

 毎年桜の季節になるとパトロールついでに近くを歩きはするが、家族連れが多く、昼にはもうレジャーシートを敷くスペースなんてないことを思い出す。

「場所取りしますっ!」
「いやS級ヒーローが場所取りなんてしてたら、人どころかテレビまで来るだろうよ」
「そっ、それならどこか別の場所探します!」

 やけに食い下がるので少し面倒くさくなり、そこまでして弁当持参での花見にしなくても別にいいんじゃね、と言おうとして、ふと前に聞いたバングの話を思い出す。

「……なぁ、前バングの道場に行ったときにさ、近くの山で桜咲くから花見しよとか言ってなかったっけ?」
「そういえば確かに、そのようなことを言ってましたね」
「んじゃ、今度会うときに詳しく聞いておいて。S級の集会で会うだろ?」
「えっ、会いますが……」

 何故かショックを受けたような顔をしている。何なんだろうと観察していると少ししてそっと口を開いた。

「……まさか先生、バングとも花見に行くおつもりですか?」
「えっ?うん。だってあのじいさん、花見ってなったら酒やら飯やら準備するタイプっぽいじゃん。乗っかった方がお前も楽じゃね?」

 考えたことを口にすると再びショックを受けている様子。さっきから何なんだ。

「先生のために弁当を用意するのはまったくやぶさかではありません!……俺の趣味です!」
「お、おぉ、そなの?」

 ジェノスの謎の熱意に気圧される。趣味だと言うのであれば、外野が口出す筋合いはないだろう。弁当作りが趣味だなんて、理解ができないけれども。

「それに先生、タダ飯という借りを作ると、それを口実にまた修行がどうこうと色々言われかねませんっ」
「あー、それはそうだな、面倒くせぇな」

 前々から何かにつけて修行だの技がどうだの言われていることと、ジイさんだからか、酔うとジェノス並みに話が長いことを思い出す。兄貴と二人となると、尚のこと老人介護が面倒くさそうだ。

「はいっ、とっても面倒くさいため、俺は先生と二人の方が良いです!場所や開花時期はバングに聞いておきますので!」
「あー、まぁ、俺別に何のこだわりもねぇし、任せるわ」
「はいっ!お任せください!」

 嬉しそうに元気よく返事をしてくれたおかげで、何事かと見てくる周りからの視線が痛い。頭上に避難させていたタオルで顔を覆って空を仰いだらジェノスに具合が悪いのかと心配された。

(俺はお前の将来が心配だわ……)

 まだ若いんだから年齢相応に友達作って遊び回ればいいのに、そういう姿の想像すらできない。むしろここ最近は主婦力が高すぎてヤバい。同居してからというもの、外出するのは出動要請やパトロールといったヒーロー活動と、スーパーに買い物に行くくらいで、今日みたいに遊びに出るのは珍しい。ひょっとしてジェノスの年齢不相応な家事スキルや言動は俺の影響だろうかと思うと、クセーノの顔が浮かび、再び申し訳ない気持ちになったので思考を放棄する。

(本人も趣味だの好きでやってるだの言うんだもんな。まぁいっか、うん)

 顔からタオルを退かして、ぼんやりと空を見上げる。半円形に近い形の雲を見ていたら昨夜話していた餃子を思い出した。

「……あっ、先生、そろそろ時間なのでサウナに移動しましょう」
「ん?あぁそっか、そだな」

 ジェノスに声をかけられて室内へ戻り、午前中とは異なるサウナ室へと進む。ドア横には90度と表示されていた。朝に入ったサウナとは様相が大きく異なり、オレンジ色の照明で明るく照らされた室内は広く、5段の座面にはタオルが敷き詰められており、平日昼間ながらも先客が6人もいる。皆一人用のマットに座っており、直ぐ側に同じ物が置かれた棚があったので、使い方を理解して2人分を手に取る。タオルが敷かれているためマシだが足の裏が熱い。

「どこ座ろっかな」
「先生は元々代謝良いですし、あまり上だと熱くてつらいと思います。あのあたりにしましょう」

 あのあたり、とちょうど中段の周りに人がいないスペースを、またしても不機嫌な顔になっているジェノスが指差したので、眉間にしわ寄りすぎだと人相の悪さを注意しつつ移動して腰を降ろす。

「こんなに広いサウナ初めてだなー。あの機械で何かすんのかな?」

 普通のサウナではまず見ない、石が沢山積まれた大型の機械、さらにその上には大きな扇風機のようなものが設置されていた。

「そのようですね。……朝行った方は蒸気が凄かったですが、こちらはあの機械無ければ普通のサウナって感じですね」
「あぁ、アレなー。部屋の中が曇ってて最初は何も見えなかったわ。あんな中でも普通に見えるって良いな」

 ジェノスの体の仕組みはサッパリわからないが、お役立ち機能が沢山付いていることだけはわかる。素直に感心すると、嬉しそうに微笑まれた。

「あらゆるケースを想定して開発されているため、夜戦でも支障が無いよう赤外線カメラも搭載しているんです」
「赤外線カメラ?何だっけそれ……、あ、熱い冷たいがわかるやつ?」

 夏場になるとエアコンや接触冷感の寝具でよく見るようになる映像をぼんやりと思い出す。

「概ね正解です」
「ふぅん」

 ジェノスの黒い目を覗き込んでみる。赤外線カメラ搭載とのことだが、どうやって搭載されているのかさっぱりわからない。じっと見ていたら光る虹彩部分が少し拡大した。真ん中の黒い瞳孔のところに、覗き込んでいる自分の顔が映る。

「あ、の、サイタマ先生……?」

 名前を呼ばれて顔を離す。

「あ、すまん、普通のカメラと赤外線カメラの2台ってどう入ってんのかなと思って」
「ああ、それは、」

 説明されるちょうどそのタイミングで、ザアアと水が流れる音が聞こえて前を向くと、石が積まれているところに水が流れ、もうもうと水蒸気を上げている。一気に室内温度も湿度も上がって凄まじい熱さを感じる。

「おおっ、すげー」

 水蒸気の量に驚いていると、その上の大型の扇風機のようなものが動作し、熱風を容赦なく浴びせてくる。

「うわっ、こういうことかー」 

 急な熱波に顔をしかめて目を閉じる。単純すぎるが豪快な仕組みがちょっと面白くて、目を閉じながら笑ってしまう。

「ははっ、ヤベぇなこれ」
「先生、頭の温度が凄く高いですが、大丈夫ですか?」

 確かに足よりも胴体、それよりも頭が熱く感じる。言われて触ってみてもやっぱり熱い。

「本当だな、でも、大丈夫」

 はぁ、っと小さく息を吐いて暴力的な熱さを全身に浴びる。

「……サイタマ先生、少し、失礼します」
「え?ちょっ、何」

 何をする気かと見るとジェノスが自分の肩にかけていたフェイスタオルを手に取り、俺の頭にシュルッと器用に巻き付けた。

「いえ、ほら、サウナ通らしき人達が頭を保護しているので、その方が良いのかと思いまして」

 ほら、と言われて振り返ると、確かに上段のサウナ慣れしているっぽい人達は頭をタオルで巻き、俯いて熱波を浴びていた。

「なるほど」

 頭上のタオルを触りながら納得するとジェノスが満足げに微笑んだ。前に向き直すと、足を胡座に組み換えて、楽な姿勢を取って目を閉じ熱さに耐える。そのまま数分。

「はぁ、っ、はー……」

 熱さに自然と息も上がる。頬から顎へと伝い滴る汗を手で拭って目を開けてみると、眼下にいた人が反転しており機械側に背中を向けていたので、それに倣って体を反転させる。背中に熱波があたり、熱気持ちいい。

「っはぁ、……はは、汗やばいな」

 背を向けたことで目の乾く感じがマシになり、改めて自分の体を見下ろすと、体温が上がって肌が赤く染まり、大粒の汗が胸やら腹やらの上を流れている。顎からもポタポタと雫が落ち、手足にもやはり汗が滲む。これがデトックスか、なんて実感。

「ジェノス見ろよこの腕……、って、おま、それっ?!」

 腕を差し出しながら横を向くと、こちらを向いて静止、いや静止しているが、隠されていた肩の通風口を開放して放熱していた。途中から違う方向からも熱風が当たっているような気がしていたが、ジェノス産だったらしい。

「え、これ大丈夫なやつ?ジェノス?えっ、マジで生きてる??」

 目の前で手を振っても反応がない。さすがに機械の体にこの温度、湿度、そして熱風はアウトだったか。慌てて頬をペチペチと軽く叩いてみると、キュイィ……とパソコンが起動するときのような音とともに目に光が戻った。

「どうした?大丈夫か?」

 顔色を窺おうとすると、サッと顔を逸らされた。よほど具合が悪いらしい。

「すみません、ちょっと、その、排熱処理が追い付かず、キャパシティオーバーになっていたようです」
「えっ、それヤバいんじゃね?出たほうが良くない?」

 遣り取りしている今も、肩から出ている熱風がこちらの体に当たっている。止まりそうな気配はない。

「そうですね……俺には刺激が強すぎるようなので、シャワー浴びて先に出ておこうと思います。先生はまだこちらにいらっしゃいますか?」

 ようやく顔を向けたと思ったら、またすぐに視線を外された。いや、そりゃまぁ全身汗ビッショリで茹でダコみたいになってる男の裸なんて見たくはないだろうけども。

(こっちは心配してるというのに……まぁ大丈夫そうだから良いけど)

「……うん、もうちょっと。水風呂入ってから出るわ」
「わかりました。ではまた後で」
「んー」

 少しよろめきながらサウナ室を出て行く背を見送り、もう一度目を閉じた。

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