サウナと水風呂を楽しんでから脱衣所に戻ると、ロッカーの前にジェノスの姿はなかった。
「……あ、サイタマ先生っ!」
ドライヤーでも使ってるのかと思っていたところ、急に呼ばれて声の方を向くと、床から一段上がったところに畳があり、帰る準備万端な装いのジェノスが手を振っている。ノートとペンを持っているので、また何やらメモっていたらしい。
「おー、そこで待ってろ」
こちらに来ようとするので、待つよう伝えてロッカーを開ける。新しいバスタオルで全身を拭いたら着てきた服をもう一度着る。が、まだ体がポカポカしていて熱いので腕まくり。タオル類と岩盤浴着をビニールバッグに畳んで入れたら、それらを持って、水を飲みつつジェノスの元へ向かう。
「待たせてわりぃな」
「いえ、俺も髪の毛乾かしたりしていたので、そんなに待ってないです。……では、例のアレを食べて帰りますか」
「……おう」
ジェノスがニヤリと笑うので、つられてこちらもニヤリと笑う。何かフルーツが乗っているわけでもないのに一つ600円もするソフトクリームなんて贅沢、普段の節約から考えると背徳感すらあるが、それがまたちょっと、イケナイコトをしてるようで楽しい。早速売店へと向かい、来たときに見ていた看板を再度確認する。バニラ、ショコラ、それらのミックスと、キャラメルの4種類。
「うーん、迷うなー」
定番のバニラで値段の違いを確かめてみたいが、濃厚という二文字を見るとショコラも気になる。今までに食べたことがないキャラメルも、どのくらいの再現度なのか試してみたい。
「先生、ちなみに今、どれとどれで迷ってます?」
「え、全部」
二つの味を楽しめるミックスはお得感がある、でも食べたことがないキャラメルが気になる。いやでもやっぱりミックスにするか。600円のソフトクリームなんて食べる機会がないので迷う。
「では……このソフトクリームのミックスとキャラメルを一つずつ」
何が最適解か悩んでいると、ジェノスにさらっと注文されてしまった。リストバンドでの決済なので、驚いているうちに支払いも完了してしまう。
「えっ、お前どっちにすんの?」
「俺は何でも良いので、先生は全部味見してみて、気に入ったものをどうぞ」
マスク越しでも伝わる微笑みとともに放たれた言葉に衝撃を受ける。これを全部、味わえるだなんて。
「おま、お前……っ」
「あっ、出過ぎたマネをしてしまったでしょうか……」
感動して言葉に詰まっていると、シュンと項垂れてしまった。ジェノスと、その後ろできれいに巻かれていくソフトクリームを交互に見遣る。先に巻き上がったミックスが目の前に立て置かれるが思っていたよりも大きい。
「いや、スゲー嬉しい。ジェノスと来れてよかった、一人だと両方食べてみるって出来ないもんな」
「せっ、せんせぇ……!」
顔を上げたジェノスの目がいつも以上に輝いて見える。600円のソフトクリームに、大の男が二人してテンション上げてるのはどうなんだと頭の片隅で考えてしまうが、続いて巻かれるキャラメルは予想以上にキャラメル色で、味への期待に口の中で唾液が増える。
(あれっ、そういえば何で奢られるんだったっけ?)
ふと気になって経緯を思い出そうとしたところで、店員が巻き上がった二本を手渡してきた。ひとまずジェノスがキャラメルを受け取り、俺がミックスを受け取る。
「これが600円のソフトクリームか!コーンも普通と違うんだな」
「はい、思っていたよりも凄いですね。あっ、そこのイスに座りませんか?」
ジェノスが指差した先、畳貼りのベンチに腰掛ける。まずはバニラから、舌先で掬い取り、口の中に含む。
「すっげぇ濃厚!美味い!」
今までに食べたバニラは何だったのかと思わされる味に感動しつつ、続いてショコラを実食。
「こっちも、チョコ味が濃い!ソフトクリームでこんなチョコ感あるなんて……」
値段相応のクオリティに感極まってると、隣からスッとキャラメル味が差し出される。
「では先生、こちらのお味見もどうぞ」
ジェノスのキャラメルと自分が持っているミックスを取り替える。色はキャラメルそのまんまで、期待が膨らませなが、先端をパクリと一口。
「キャラメル……、たしかにキャラメルだよこれ、何これ再現度高ぇ。ちょっとこれジェノスも食べてみろよ、マジでキャラメルだから」
この感動を共有したくてジェノスにも食えと差し出して、マスクを顎にずらしてペロリと舐め取るのを目で追う。
「なっ?キャラメルだろ?」
「……すごい、本当にキャラメルの味がします」
目を丸めて驚き、共感してくれている様子に、だよな、と相槌を打つ。こんなに美味しいソフトクリームが世の中にあったとは知らなかった。
「先生、ではキャラメルにしますか?」
「お前はどっちが良いの?キャラメルが良いなら、俺はミックスでも」
そう言えば、そういう話をしていたとを思い出し、ジェノスの希望はないのかと聞いてみる。お金を出したのはジェノスなのだから、ジェノスの希望を優先したい。
「俺はこっちで良いです、二つの味が楽しめて、お得な感じがしますし」
ジェノスが微笑みを浮かべて返事をし、持っているソフトクリームを口に含む。
「はは、そっか。じゃあちょうど良いな、俺はキャラメルが食べたいなと思ってたから」
上手いこと各々が食べたい方を選べたことに安堵して、手元のソフトクリームを頬張る。キャラメルなんて長いこと食べてないけども、はっきりソレだとわかる味わいには何度も感動する。600円と高いのも、これなら相応の値段だろう。食べておいて良かったと奢ってくれたジェノスに感謝を伝えようとすると、こっちを見ながらソフトクリームを食べているのと目が合った。
「えっ、何?やっぱりキャラメルが良かった?」
交換するにも今さらで、ジェノスのミックスよりも俺のキャラメルの方が沢山食べてしまっている。
「……いえ、何でも無いです。とても美味しそうに食べるなと思っていただけで」
ご馳走した甲斐があります、などと笑いながら言うので、実はキャラメルが良かったとかいう話ではないことに一安心する。
「うん、マジで美味いわ、これ。バニラやチョコは濃厚だったし、キャラメルは本当にキャラメルの味がするし。600円もなるほどなって感じ。ジェノス、ありがと」
「そんなっ!とんでもないです!」
パッと嬉しそうな笑顔を浮かべるのに、何で奢らされた側がそんなに喜んでいるんだよ、とつられて笑ってしまう。喋っているうちに手の熱と室温でソフトクリームが溶けてきたので、お互いに食べることに集中する。コーンもサクサクしていて美味しい。最後の最後まで美味しいとは、これを製品化した会社に感謝したいくらいだ。
「……ん、ごちそーさん」
食べ終わり、コーンを包んでいた紙をクシャリと握りしめ丸める。
「あっ、先生、口の下についてますよ」
「うそ、どこ?」
同じタイミングで食べ終わったジェノスに口元を指差され、それらしき場所を指で拭う。
「いえ、もう少し右です」
「ん……取れた?」
「いえ……先生、少し、失礼しますね。……はい、大丈夫です」
ジェノスの肌色の手が顔に伸びてきて、親指で唇の右下を擦られる。その指には確かにキャラメル色の液体がついていて、お礼をしようとしたところ、事もあろうにジェノスがキャラメルで汚れた指をペロリと舐めた。
「うわっ、お前何してんの……」
男同士でするものではない行動にドン引きするも、当人は何事もなかったかのように顎にずらしていたマスクを元の位置に戻す。
「ティッシュ持っていませんし、借り物のタオルを汚すのも気が引けましたので」
「あ……それもそうか」
さも当然と言わんばかりの回答に、昨夜の晩飯時のことを思い出し、そういえばこういうこと全く気にしないヤツだったなと納得する。確かに指を拭くものが何もないから仕方ない。
「うし、じゃあ帰るか。っと、その前に便所行ってくるから荷物見てて。ついでにゴミ捨ててくるからお前のも貰うわ」
流石にタオル類のビニルバッグ2つ持って用を足すのは邪魔なので荷物番を頼みつつ、ジェノスへと手を差し出す。
「ありがとうございます。では待っている間に精算してしまうので、サイタマ先生のリストバンドをいただけますか?ちょうど今、受付空いてますので」
受付を見ると、ちょうど人波が途切れて客は誰もいない。言われたとおりにリストバンドと、昼食代の千円を渡す。お金はいいです、とうるさいのを無視して便所へと逃げた。