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サイ夕マ先生、スーパー銭湯に行く

 炊飯器からメロディが流れ、炊き上がりを知らせたすぐ後に、ガチャリと玄関を開ける音。

「先生っ!ただいま戻りました!」
「おう、おかえりー」

 玄関ドアの鍵を施錠する音と元気な声が聞こえ、ピーマンと嵩増しのための多量のタケノコを炒めながら返事をすると、短い廊下、すぐにジェノスがキッチンに顔を覗かせ、機嫌の良さそうな笑みを浮かべて横に立った。

「お前タイミング良いなぁ、ちょうど今ご飯炊けたとこ」
「はいっ、先生の作る晩飯が楽しみで、急いで帰ってきました!俺も何か手伝います!」
「はは、子どもか、お前は」

 鉄の無表情だのクールだの何だのと街で騒がれている男が、晩飯が楽しみすぎてすっ飛んで帰ってきたと、文字通りに目を輝かせながら言う。なんだか子どもっぽくて面白く、つられて笑ってしまう。

「んー、じゃあジェノス君、冷蔵庫の春キャベツ、サラダにするから洗ってくれる?あ、でもその前に、ちゃんと手を洗ってこいよ」
「っ、はい!すぐにっ!」

 早足で洗面台へと向かう背を見送り、火が通ったピーマンとタケノコを一度フライパンから皿に移して、刻んでおいた牛肉に片栗粉をまぶす。手洗いから戻ってきたジェノスが春キャベツを洗う姿をなんとなしに見ると、今回は何の違和感もないことに、逆に違和感を覚える。

「……あれ、お前、今回何も変わって無くね?」

 首を傾げて問いかけると、ジェノスがニコリと微笑みを浮かべた。

「今回は主に内部プログラムのバージョンアップと動作テストでした。あと新しいアームと脚用パーツの性能テストを頼まれましたが……、そちらは持って帰ってきて、廊下に置いています」
「ふーん?」

 いつもならば、どこがどう凄くなったのかと博士の偉業を嬉々として、且つ長々と一方的に解説するのに、微妙な表情を浮かべたことに少しの疑問を感じながら熱したフライパンに牛肉を投下する。

「あ、先生、もしかしてそれ、晩飯は青椒肉絲です?」
「うん、そー。今日タケノコが安くてさー、隣にいたカップルが青椒肉絲食べたいって言ってんの聞いたら俺も食べたくなっちゃって。あ、あとタケノコごはんとスープもあるぞー」
「それは楽しみです!旬の食材を使われるとは、先生、さすがです!」
「いや、さすがも何も、むなげやが春野菜フェアしてただけだし……」

 些細なことでもすぐに目を輝かせて褒め称えてくる通常運転のジェノスに、小さく溜息を吐く。

「あの、先生、キャベツ洗い終えましたが、俺サラダ作りましょうか?」
「んー、そだな、じゃあジェノスに任せるわ。適当によろしくー」
「はいっ、お任せください!」

 熱い返事とともに、こちらを向いてグッと握りこぶしを作っている。

(いやサラダ一つにそんな気合い入れなくても良いんだけど……まぁ、本人がやる気を出しているんだし、いいか)

 牛肉を焦がさないようフライパンに視線を戻す。熱したフライパンでジュワジュワと肉を炒める音と、トトトト……とリズムよくキャベツを千切りにする音が妙に心地良い。

「ジェノスさー」
「はい、なんでしょう?」
「料理上手くなったよなー」
「えっ、あっ、はい、ありがとうございます!先生のご指導の賜物です!!」

 ふと感じたことをそのままに伝えると、照れ隠しか何なのか、千切りの速度が一段階上がった。

「いや、俺、そんなに素早く均一に千切りできねぇし、指導もしてねぇよ」
「いえ!不勉強な俺に、料理の基礎から教えていただきました。それに先生のマジ千切りならば、俺のこんなものなど到底足元にも及びません!たとえアトミック侍をもってしても、先生ほど速くは切れないと思います!」
「は?おま、マジ千切りってなんだよ、俺そんなところでマジにならねぇよ」

 アトミック侍って、ジェノスと同じS級ヒーローの侍のおっさんだったっけ、と薄い記憶の中のチョンマゲ頭を思い出す。……いや、チョンマゲではなかったような気もする。

「でも面白いなそれ、マジ千切り。応用技でマジみじん切りとか?なんかちょっと、ゲームの必殺技とかでありそうじゃね?……マジ千切り!マジみじん切り!……ははっ、なんてな、何させんだよ」

 キングに借りたゲームのキャラをイメージし、フライ返しを刀に見立てて、ふざけて2ポーズをキメてみせる。面白おかしくて自分でウケてしまい、真横のジェノスを肘で小突く。

(そういえば、あのゲームの必殺技名に魔人斬りがあったような?いや魔神?魔人?)

 ふいに気になった必殺技名を思い出そうとしている最中、フライパンと違う方から温かな空気を感じ、見ると、ジェノスが手を止めてこちらを凝視し、その肩からは何故か排熱がなされている。

「え、ちょ、何?なんか熱気が凄いんだけど」
「…………」

 虹彩の消えた黒目をこちらに向けて黙ったまま静止しているので、肘で小突いたときの当たり所が悪かったのかとだんだん心配になってくる。

「ジェノス?……おーい、大丈夫かー?」

 顔の前で手を振っていると、キュイン、という小さな起動音のようなものとともに目に光が戻った。

「あっ、ああ、いえ、すみません、先生があまりにもかわ……いや、問題ないです。……先生、ちょっと鰹節取りたいので頭の上、失礼します」

 様子のおかしいジェノスに首を傾げていると、シンク上の戸棚に手を伸ばしてきたので、その邪魔にならないよう一歩横にずれる。しかしジェノスの肩から出る熱風が当たり、頭が若干熱いので、体をさらに半身分ずらして避ける。

(こいつ最近よく熱暴走?しているような……どこか壊れてんのか?)

 メンテ帰りのはずの挙動を訝しみながら、フライパンにタケノコとピーマンを戻し入れ、事前に混ぜ合わせておいた調味料を入れて強火で炒める。鍋肌に液体が触れると、ジュワワーッと食欲をそそる音を立て、台所に香りが広がっていく。

 料理も毎日となると面倒くさい作業だが、こうしてたまに作る分にはまあまあ楽しい。フライ返しの淵に具材を少量取り、フーフーと息を吹きかけて冷まし、味見に一口、パクリ。

(うん、美味い、と思う、たぶん)

「ん、何?ジェノスも味見する?」

 視線を感じて隣を見ると、ジェノスが再び手を止めてこちらを凝視していたので、味が気になるのかと思い、コンロの火を止めて同じように少量をフライ返しに取り、フーフーして差し出す。

「ほら、熱いから舌火傷しないよう気をつけてな?」

 その流れのまま食べるかと思いきや返事がない。具材を落とさないよう気を配っていたフライ返しの先からジェノスの顔に視線を移すと、またもや黒目で口を半開きにしてフリーズしていた。

「えっ、何、どしたジェノス?……ジェノスくーん?」

 フライパンを握っていた手をジェノスの目の前にかざして、先程と同じようにヒラヒラと振ってみる。なかなか反応が返ってこないので、いよいよヤバいと困惑しはじめたところでようやく目に光が戻った。

「……先生、あの、俺、サイボーグなので、舌火傷しないのですが」
「え?」

 キュイ、と輝く瞳孔を拡げた目と一拍見つめ合った後、ジェノスの言わんとすること、自分のしたことにハッと気付く。

「あっ、そか、わりぃ!つい癖でフーフーしちゃってたわ……って、うわ、おまっ」

 無意識の行いに途端に恥ずかしさを覚え、顔が熱くなるのを感じながら自分で食べようとしたところ、持ち手を掴まれ、ぱくっと食いつかれてしまった。

「……素晴らしい味付けです、とても美味しいです」
「えっ?え??いや、うん、まぁ、お前が良いなら良いんだけど……、いや、良いのか?」

 一連の流れに困惑するも、当の本人は満足気に微笑んだ後、すでにサラダ作りを再開している。

(……そっか、サイボーグだもんな)

 食べたり喋ったりしているときに垣間見える口内のリアルさから、それらが全て作り物だということをつい忘れてしまっていた。サイボーグゆえに菌だの何だのとは無縁だろうので、人が息吹きかけた食べ物はなんか嫌だとか、そういう感覚もないのかもしれない。本人が気にしないことを気にするのも変だし、まぁいっか、と思い直してフライパンに向き直り、青椒肉絲を皿に移す。下を向いてエプロンが汚れていないことを確認すると、脱いでフックに引っ掛けた。

 二人分の茶碗に、濡らした杓文字を入れて持ち、青椒肉絲の大皿とともにテーブルへ運ぶ。お箸に取り皿、コップとお茶も。炊きたてのご飯を茶碗によそい、予めテーブルに置いていたスープを注いだタイミングで、ジェノスがサラダを手にして席に着いた。

「胡麻だれサラダにしてみました」
「おー、美味そう!」

 ジェノスが二人分のコップにお茶を注いでくれたので、その片方を受け取ってから手を合わせる。

「そんじゃ、いただきまーす」
「いただきます!先生、こんなに沢山作ってくださって、ありがとうございます!」

 手を合わせたまま、嬉しそうな顔を向けられる。つられてこちらも微笑む。

「いや、お前には敵わねぇよ。いつもありがとな」
「えっ、あ、いえっ、そんなっ、健康の基本は食事からと言いますし、師の健康を守るのは弟子として当然の務めです!それに先生の神宿る肉体に俺が少しでも寄与できていると思うと、なんとも形容しがたい喜びを」
「お、タケノコご飯どうかなって思ってたけど、わりと美味いわー」

 いつもの長話がはじまる気配を察知して割って入る。ジェノスの弟子論はマジで長いし、よくわからない。もくもくと食べることに集中すると、ジェノスもようやく食事を開始した。

「先生っ、この菜の花とタケノコのスープも、青椒肉絲もとても美味しいです!流石です先生!」
「ん、そっか。……よかった」

 一人で暮らしていた頃、料理は腹を満たすだけの作業だった。でもさっきみたいに他愛もない話をしながら料理するのは楽しいし、そしてこんな風に美味しいと言って喜んでもらえるのは、悪くない。……ちょっと、嬉しい。

「ジェノス、今度一緒に何か作ろうぜ」
「……えっ?!……はい!ぜひ!!」

 思いついたことをそのまま口にすれば、ガシャッと音を立ててテーブルに手をつき、文字通り前のめりな姿勢で同意を得られた。いちいちオーバーなやつだなぁと苦笑する。

「せっかく二人で作るなら、たくさん作って、作り置きできるもんがいいよな。うーん、カレー……は、先週したばっかだしな、何かある?」

 一度に沢山作れるものとなるとカレーくらいしかすぐには思い浮かばず、同じように考えてくれているのか、真剣な目で真っ直ぐ見つめてくるジェノスに意見を求めてみると、何故かきょとん顔をされた。

「え、作り置き?……ああ、料理の話ですか。そうですね…………では、餃子とかどうです?白菜たっぷり入れて、白菜餃子。たくさん作って冷凍しておけば、食べるときはそのまま焼くだけなので楽ですし」
「なっ、なんだそれ、超美味そうなんだけど!ジェノス、お前天才だな!」

 何らかの勘違いをしていたらしいジェノスが俯いて顎に手を当てて思案しているのを、何を作るつもりだったのだろうと見守っていたら好物の名前が挙がり、今度はこちらが身を乗り出してしまう。何かにつけ白菜を使ってきたが、白菜餃子なるものは知らなかったし、想像したことすらなかった。でも、噛んだ瞬間に溢れる肉汁と白菜の甘みが容易にイメージできる。うん、絶対美味い。これは忘れずにいようと、頭の中で白菜餃子を3回唱える。

「おしっ、じゃあ次に白菜の安売りがあったらそれ作ろうぜ!今日なんて半玉で430円でさぁ、高すぎだよなぁ」
「430円ですか?!それは高いですね、ここ数か月で一番の高さだと思います。先生が今日行かれたのはむなげやですか?やはり野菜はコミットの方が若干安い気がします。毎週火曜日はポイント5%ですし」

 ジェノスがどこからともなくノートを取り出し、前の方のページをめくって何やら確認しはじめる。

(え、まさかこいつ、家計簿までつけてんのか?!)

 だらけた格好で漫画読んでいるだけだろうとメモるため、家計簿も当然やりかねない。どこまで家事をしているのかと驚かされるが、どちらのスーパーの方がより安いかは重要な問題である。最近買った野菜の価格を思い出しながら、単純に価格だけを比較するのではなく、ポイント還元も含めて考えると、たしかに火曜日ならばジェノスの言うとおりコミットで買う方がお得かもしれない。……しかし。

「いや、でもほら、むなげやってチラシには何も載せていないのに、いきなり『ただ今のお時間より10分間、精肉売り場で10%オフ!』とかゲリラセールすることあるじゃん?あれがあるから、むなげや行っちゃうんだよなぁ。他にも、しれっと値引きシール貼ってたりするし。前なんてほら、おつとめ品ってわけでもないのにキャベツ半玉が40%オフだったろ?」

 よく行くむなげやは立ち入り禁止区域に近く、地域の客数がそれほど多くないからか、市内中心部にあるコミットのようにチラシを頻繁に入れたりポイント増やしたり、ってことが殆どない。その代わりにゲリラセールがたびたび開催されていて、来店時に偶然そのイベントに遭遇すると、すごくお得に買い物ができてしまう。家から一番近いというのもあるが、そのラッキーチャンス狙いで足を運んでしまうのだ。

「ゲリラセールについては何か傾向を掴めないかと、前にデータを取って分析してみましたが、曜日、時間、対象物、完全にランダムで傾向と言えるものは見出せませんでした。あそこの店長は凄いです」

 ジェノスが何やら悔しそうに眉間にしわを寄せている。ていうかスーパーのデータ分析までしているなんて知らなかった。主婦かよ、とツッコミそうになったが、主婦でもそこまでしない気がして言うのをやめた。

「……俺、あそこの店長と何回か話したことあるけど、なんか適当感のあるオッサンだったし、意外とそんなに深く考えずにやってんのかもなー」
「えっ、サイタマ先生、むなげやの店長とお会いになったことがあるのですか?」

 ジェノスが箸を止めて聞いてくるので、何を今更、と思ってふと、ああ知らないのかと考え至る。

「お前も何回か会ってるぞ、ゲリラセールのときに値引きシールをペタペタ貼ってるオッサン」
「あれ店長だったんですか?!」

 目を大きく開いて驚いている。まぁ店長自らがゲリラセール仕切っているとは普通思わないよな、と返事をしながら頷く。

「あの店、ここに住んでる俺らが言うのもアレだけど、あんまり治安良くないとこにあるだろ?前に、たまたま見かけた強盗を捕まえたり、たまたま怪人が店を襲おうとしているところをぶっ飛ばしたりしたことがあって、それで話したことあるんだよ。あ、でも気前良いオッサンで、怪人倒したお礼に店にあるものなら何でもあげるって言うから、米と白菜くれって言ったら、米10kgと白菜1ケースくれた」
「なっ、店を壊滅の危機から救って、米と白菜?!」

 ジェノスが一層驚いた顔で見てくる。目を大きく見開いて瞳孔がキュッと狭まり、口も開いている様は、なんていうか、驚いてる感が強くて凄い。じっと見ていたら今度は困惑顔に変わった。生身の俺よりも、サイボーグのコイツの方がずっと表情が豊かだなぁと常々思う。

「あの、先生?」
「ん、ああ、そうそう、ほんと太っ腹だよな。でもあれ真冬で良かったよ。さすがに1ケースとなると冷凍庫に入りきらねぇし。夏だったら腐らせるから、1ケースも貰えなかったもんな」
「……なるほど、一企業の利益をも思い遣る余裕が大切ということですね!勉強になりますっ!」

 いきなり食器を少し端に寄せだしたと思ったら、ノートとペンを持ち、ガガガガッと何やら物凄い勢いでメモを取り始めた。

(え、今そういう話はしてなかったはずだけど……。こいつの思考回路は本当にわからねぇなー)

 メモ魔と化したジェノスにひきつつ、この変な状況を打破しようとリモコンに手を伸ばしてテレビをつける。ザッピングしているとヒーロー特集をしている番組があったので、チャンネルをそれに合わせて食事を再開。童帝がこれまでに開発し、実戦に投入されたロボットやハイテクマシンの紹介をボンヤリ見ていると、話題のヒーロー&ヒロイン、というコーナーに切り替わった。

「……あれ?これフブキじゃん」

 ヘリからの空撮、ズームインしていった先、宙に浮いたフブキが怪人相手に攻撃をしているところの映像が、ワイプの中のタレントのコメントとともに流れる。討伐後、キメ顔で微笑んでいるフブキのアップが映る。黒服たちも、そこはかとなくキメポーズのような。

(あ、そうかこれ、撮られてるってわかってやってるやつだ)

 こいつら、こういうところは凄いよなぁ、と感心していると、ヒーロー枠に移った。轟音と爆風の中で、金髪の男の戦闘シーンが流れる。

「おっ、ジェノス見ろよ、これお前じゃね?!」
「はい?」

 ノートから顔を上げてテレビを見る本人と、画面の向こうで連続攻撃を仕掛ける姿とを交互に見遣る。

「な?ほら、話題のヒーローだって、すげぇなお前。……あれ、これいつだ?俺のいない時のやつかなー」
「そんな、サイタマ先生を差し置いて……ああ、これは先週の、特売品を買うのに朝から二手に分かれて行動していたときですね」

 忌々しげに答える様子に、何がそんなに嫌なのかと疑問を抱きつつ先週の記憶を辿ると、それらしい日を思い出した。

「ああ、腕取れかけで帰ってきた日か!怪人と戦っていたのならそう言えよ、鶏肉争奪戦どんだけだったのって、俺、おばちゃん達怖ぇなって」
「それは、その、なんと言いますか……」

 先週の特売の日、ジェノス担当のむなげやの方が家から近いのに、俺よりも遅く帰ってきて、更に左腕が破損していて、理由を聞いたら、おつかいに失敗しましたとだけ絶望顔で言っていたはず。あれには久しぶりに恐怖したのを覚えている。

「お前の方がおばちゃんウケ良いから確実に鶏肉ゲットできると思って行かせたのに、ボロボロになって帰ってくるんだもん。どさくさに紛れてジェノスの手羽先まで持って行こうとする熱狂的ファンがいたのかと思ってたわ」
「俺の手羽先とは……。あの時は、様々な部位の鶏肉を安く買えたものの持ち帰ることができず、先生のご期待に応えられなかったことで頭がいっぱいでして……」

 ジェノスが唇をキュッと結び、俯いて黙り込んでしまった。テレビに流れる戦闘シーンでは、片手にずっとスーパーの袋を提げている。確かに買うには買えていたようだ。知らないところで何がどうなっていたのかと見ていると、買い物袋を守っているのか足技が多用され、怪人にはダメージが蓄積されている様子だが相手もなかなかしぶとく倒れない。急速接近したジェノスに、怪人も素早く反応して触手を伸ばし、スーパーの袋を持つ左腕をもごうとして、しかしその間際、ジェノスの右腕が一瞬光り、焼却砲が炸裂。

 炎と煙が消えた中には、炭と化した怪人と、左ひじから下が半壊し、鶏肉だったであろう足下の残骸を見て呆然と立ち尽くすジェノスの姿が映し出される。画面はスタジオに戻り、女性タレントとオネェタレントが「ただ立っているだけでもカッコいい」「買い物袋焼けちゃってかわいそうかわいい」「一緒にスーパーに買い物に行きたい」などとキャーキャー言っている。

「はははっ、お前これ、何しまったみたいな顔して撮られてんだよー、もー!」

 買った鶏肉をずっと守りながら戦っていたのに、最後に自ら焼いてしまい、ショックを受けている絵面が面白い。キメまくりで映っていたフブキ組との落差もあって、ジェノスには悪いがこれは笑ってしまう。「かわいそうかわいい」にもちょっと共感。

「っ、サイタマ先生の弟子として、このような恥を晒してしまい面目次第もありません!俺が先生のように強ければ、鶏肉も無駄にせず済んだものを……!」

 テレビから本人へと向き直ると、苦虫を噛みつぶしたような表情で、強く握られたシャーペンがバキッと折れた。

「あ、いや、まあでもさ、怪人と戦ったんならしょうがねぇよ。俺もスーパーの帰りに戦闘になって、うっかり卵割っちゃうとかよくあるしさ。な?」

 しまった笑いすぎたと感じ、慌ててフォローを入れるも時すでに遅し。どうせ俺なんか、とか、師のおつかいもできない、とか、何やらブツブツ呟いていて聞いていない。

(ええー、さっきのでそんなにへこんじゃう?でも、笑っただけにこれはたぶん俺が悪いよな……)

 箸をおいてジェノスの横に移動して座り直し、何を言おうか数秒悩んだ後、俯く顔を覗き込むように見て話しかけてみる。

「なぁ、その、えっと……、むなげやのあのセールはさ、おばちゃん達が強すぎて俺でも買えないことがよくあるから、そもそもあの戦場で、きちんとセール品を買えただけでも凄いことだぞ?ジェノスくん、すごい。えらい。戦っているときも、足技がほら、その、バリエーション豊富で凄く格好良かったし。最後のあそこ、突撃した後に腕捕まれたとこ、あれ、相手も弱っていたから、このまま押せば倒せるって油断しちゃってたろ?あそこでちゃんと距離取ってから焼却砲打てば、お前の完全勝利だったのに、惜しかったよな……」

 フォローのつもりが少しずつ方向性が違っていってるような気がしだして、最後は子どもをあやすように頭をポンポンと撫でて誤魔化してみる。

(あ、こっち向いた)

 目を大きく見開いて数秒固まった後、「先生、勉強になります!」と、また凄い勢いでノートに何か書きだした。何がどう勉強になったのかはやはり理解不能だが、気を持ち直した様子に一安心し、自席に戻って食事を再開。

 その後も番組は続き、A級ヒーロー紹介、アマイマスクの新曲紹介とインタビュー、視聴者プレゼントと続く。なお視聴者プレゼントはアマイマスクのサイン入りCDだった。視聴者プレゼントがあるから最後まで見てね、と言ってたから最後まで見たのに、CDなんて全然いらない。

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