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サイ夕マ先生、スーパー銭湯に行く

「…ふぃー、腹いっぱい。ごちそうさマントヒヒ」

 胃が満たされ、満腹感そのままに後ろにごろんと倒れる。

「ごちそうさまです、とても美味しかったです先生」
「おう、お粗末さまですー」
「粗末だなんて、とんでもない。また一緒に飯作りましょうね。それと……先生、食後すぐ横になったら牛になりますよ」

 ガチャガチャと食器を重ねて立ち上がったジェノスが、こちらを見下ろしながら苦笑して牛だの言ってくるから。

「……モー」

 冗談で牛の鳴きまねをしてみた。その瞬間、ジェノスの目から金色の虹彩がスンと消える。

「…………」
「…………うん、ごめん、手伝うわ」

 苦笑した表情そのままに黒目でじっと見下ろされているうちに、いい歳して寒いことを言った恥ずかしさと居た堪れなさを覚え、ジェノスの方を見ないようにしながら立ち上がって鍋を台所へと運ぶ。

「……はっ、先生、洗い物は俺がするのでシンクに置いててください!」
「お、おう、サンキュ」

 一往復したところでジェノスがようやく声を出したのに応えながら、他の皿も運んで流しに置き、鍋の中の残り物は別の容器に移し替えて冷蔵庫へ。後はゴム手袋をしてシンク前に立ったジェノスに任せることにして、キングから借りたポータブルゲーム機を手に取り、畳んだ布団にもたれ掛かり電源スイッチを入れる。

 モンスターを倒して素材を集め、武器や防具を作り、さらに強いモンスターと戦うこのゲームでは、現実と違って苦戦を強いられ、また着実に自分のプレイキャラクターが強くなっていくのが楽しい。昨日今日とキングの家に持って行って一緒に狩りをし、素材集めを手伝ってもらって武器を強化したから、前は死にまくっていた狩り場が進めやすくなっていた。

(しかしこの、狙った素材を集めるのに同じ狩場を周回するのは面倒くせぇんだよなー)

 2周したところで飽きを感じ、別のクエストに挑戦。そうしているうちに、食器洗いと乾燥を終えたジェノスが部屋に戻ってきた。

「先生、風呂はどうされますか?」
「んー、俺まだゲームしてるし、ジェノス先に入っていいよ」
「はい、ではお先にいただきます」

 ジェノスが席を立ち、クローゼットからパジャマとタオルを取り出して風呂へと向かうのを横目で見つつ、こちらも大型モンスター討伐クエストに向かうことにする。

 ゲーム一番最初のキャラクタークリエイト時に、ちょうど目の前にいたジェノスっぽい色で作ったオトモ猫、ジェノノとともに竜を追跡し、ワナを仕掛け、引っ掛かったところを攻撃、逃げた相手を追ってまた攻撃、追跡、の繰り返し。装備品の研磨材も回復アイテムも尽き、あと数発食らったら死ぬ、というギリギリのところでなんとか辛勝した。クエストクリア、のメッセージが画面上に大きく表示されている。

「っしゃー!勝ったー!!」
「おめでとうございます、先生。お風呂どうぞ」

 独り言を返されて驚き見ると、袖が無いパジャマを着たジェノスがテーブル前で正座をし、またしても何かをノートに書きつけていた。

「あれっ、お前もう風呂から出てきたの?!」
「俺が風呂に行ったのは30分ほど前ですよ。お声がけしましたが、集中されていたようで……」
「マジで?わりぃ、聞こえてなかったわ。んじゃ俺も風呂入るかー」

 ちょうどキリの良いタイミングだったのでゲームの電源を切り、よいしょ、と声を発して立ち上がる。

「あ、先生のパジャマとパンツとタオルは廊下に置いてありますよ」
「おー、サンキュー」

 タオルを出そうとクローゼットに手をかけたところで背中側から声を掛けられ、そのまま廊下へ。ユニットバスのドア横に着替え一式が置かれている。中に入り、まだ少し温かい空気を感じつつ服を脱いで、廊下の床にぽいぽいと捨て置いてドアを閉め、浴槽をまたぎ入る。頭と体を洗い流したら、浴槽の蛇口をひねって湯を張り浸かる。ある程度お湯が溜まったらバスロマンを入れる。いつもと同じルーティン。

「っあぁー」

 体の芯から温まる心地良さと柚子の香りに思わず息が漏れ、体が緩んでいくのを感じながら目を閉じる。

(2日連続でゲームしまくるのは流石に目が疲れるな……)

 両手に湯をすくって顔に浴び、眉間を指で押し上げてマッサージ。肩を数度揉んだ後、尻を前の方に滑らせて上体を後ろに傾け、浴槽の壁に頭を預けて顎下まで湯につかる。

(それにしても、今日ほんと白菜高かったなぁ……都合よく白菜の怪人が俺の家近くで出るとか、白菜の産地での仕事が入るとかあればいいんだけど。……白菜餃子か、絶対イケるよなぁ…………)

 白菜の甘みとジューシーな肉汁が混ぜ合わさった餃子に思いを馳せると、晩飯を食べ終えたところだというのにゴクリと生唾を飲んでしまう。次いで他に可能性がありそうな白菜カスタマイズ料理を色々と空想しているうちに体が充分に温まったので、頭の中で10秒数えてから深呼吸を一つして、風呂を出る。浴槽の栓を抜き、ジェノスが用意してくれていたタオルで体を拭いたらハート柄のパンツをはいて、体が熱いのでパジャマを手に持ち部屋へと戻る。

「……うわ、それ干してたの完全に忘れてたわ」

 二組の布団が敷かれた隅で、朝に自分が干した洗濯物をジェノスがアイロンがけしつつ畳んでいた。タオルを首に引っかけて隣に座り、洗濯物を畳むのを手伝う。ふとジェノスの手が止まっていることに気付いて、横を向くと、またしてもこちらを凝視している。

「え、何?」
「…………先生、ちゃんとパジャマを着てください。風邪をひきます。あと、背中が拭けていません」

 数秒返事をせず、ようやく口を開いたかと思えば、まさかのお説教。

「え、やだよ。風呂出たばかりで熱いもん」

 気にせず洗濯物を畳んでいると、隣で深い溜め息を吐かれた。首にかけていたタオルを取られてポフポフと背中を拭かれ、またタオルが首に戻される。

「ありがと」
「これ畳み終えたらで良いので、パジャマ着てくださいね」
「はいはい」

 生返事で返すと再度溜め息を吐かれた。

(こいつたまに母親みたいなこと言うよなぁ、年下なのに……)

 洗濯物を畳み終えると、クローゼットに服をしまうのはジェノスに任せて、これ以上怒られないようにとパジャマを着る。布団にごろんと寝そべって、読みかけの漫画に手を伸ばした。

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