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サイ夕マ先生、スーパー銭湯に行く

「先生、あの、今日履いていたズボンの尻ポケットからこれが」
「んー?」

 漫画をずらして声の方を見ると、そこには風呂に入る前に脱ぎ捨てたズボンと、もう片手には茶封筒。

「あっ、忘れてた!それ今日キングに貰ったんだよー」
「……キングに?」

 布団の上に胡座をかいて座り、茶封筒を受け取って中からチケットを取り出し、両手で掲げて見せる。

「ジャーン!スーパー銭湯のタダ券!しかもタオルと水付き!!」
「スーパー銭湯とは何ですか?スーパーと銭湯が一緒になっているのでしょうか」

 ジェノスが顎に手を当てて首を傾げている。よくわからない施設を頭の中で爆誕させたようだ。

「お前、スーパー銭湯知らねぇの?風呂以外にも色々ある、でっかい銭湯みたいなとこだよ。ここは岩盤浴に漫画読み放題、あと飲食店もあるらしいぞ」
「それは……、サイタマ先生が好きそうな施設ですね」

 チラリと手元の漫画に視線が注がれ、何かに納得したように頷いている。

「2枚あるから一緒に行こうぜ。ジェノス、明日のよて」
「行きましょう!お背中お流しします!!」

 予定はないか聞こうとしたところ、食い気味に返事された。そして何故か小さくガッツポーズを作っている。

「いや、お前、銭湯行くたびにそれ言ってくるけど、お背中お流しはいらねぇよ」
「いえっ!弟子たるもの師のお背中をお流しすることは当然かと!それに、」
「そ、そう言えば向こうで飯も食えるから、朝から行ってガッツリ楽しんでやろうぜ!なっ!」

 前のめりな姿勢で熱く弟子論を語り出しそうになったため強制的に話題を変える。話し足りないジェノスがふくれっ面になったが敢えて気付かないふりを決め込む。

「……あ、でも、お前人気あるし、一緒に行ったら騒がれるかな?」

 ふとキングが言っていたことと、ジェノスのファンクラブの存在を思い出し、やっぱり一人で行こうかとチケットを見ながら悩む。一人だと2回行ける。ちらりとジェノスを窺い見ると、開口状態でショックを受けており、数秒後には真摯な表情に変わった。

「……先生、俺の人気の大半は女性票なので、風呂屋は大丈夫です。それに明日は平日の、しかも真ん中の日です。ど平日の朝からとなると客入りは少なく、暇な高齢者ばかりと考えられるため、何も問題ありません」
「あ、そう。ソレモソウネ」

 何か言い方が癪に障るが、確かに言われてみれば、銭湯に一緒に行って他の男性客に騒がれたことはほとんど無い。しかし今回はいつもの銭湯ではなく、スーパー銭湯だ。

「でもさ、岩盤浴や漫画読むところは男女共用だぞ?そりゃまぁ高齢者ばっかな気もするけど、主婦とかもいそうじゃね?」
「っ、変装します!」
「いや、変装もなにも、その手足は隠せないから。誰が見てもジェノスだって一発でわかるから」

 顔も目立つが、それ以上に目立つ腕を指差して指摘すると、ジェノスがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「ご安心下さい!こんなこともあろうかと!博士が用意してくださった新しいパーツがあります!!」
「は?え?」

 言うが早いか、廊下から白いアタッシュケースを持ってきた。嬉々とした顔で鞄を開けて見せられた先には、生々しさを感じる質感の二本の腕と、脚の皮のような何かと、同じような素材の筒状の何か。バラバラ殺人でもあったのかと猟奇的なものを感じてしまう。

「うわぁ、おま、これ……」

 ドン引きする俺をよそに、周りに花が飛んで見えるほどの笑顔で片腕を手渡される。

「こちらのアームは、一見する分には男性の腕と大差ありませんが、有事の際には手のひらのカバーと肩の通風口を開放することで焼却砲も打てるそうです。ブレードは流石にこの形に仕込めなかったようですが。俺がファンに追いかけられている様子をテレビで見て心配したクセーノ博士が、この人気だと活動に支障が出ることもあるだろうと変装用パーツを作って下さったのです。今より火力が落ちるパーツなど不要と伝えましたが、暇なときに性能テストをやっておいてくれと無理やりに持たされまして。しかし博士の先見の明は凄いです!こんなにも早く、必要となる場面が来るとは!」

 興奮混じりに熱く説明されるものの、話が長いので適当に聞き流しつつ、よく見ると確かに手のひらの端に凹みがある。そこに指を立てて、パカ、と開くと、見慣れた穴があり、どういう仕組みかガシャッと音を立てて肩の上部に穴が開いた。

「おぉ、なんか凄いな」

 続いて、さっきから気になっていた人間の皮膚のような何か、あんまり触りたくないグロテスクさがあるそれを、どうぞ、と渡される。おそるおそる広げてみると、右脚の皮のようだった。

「こちらは伸縮性のある特殊な新素材で作られた人工皮膚で、靴下のように履くことができます。今までに無いこの装用方法は、過去に同様のアイデアはあったものの耐久性の問題や着用時のズレなどの問題があり、またそれらの必要水準を満たしつつ皮膚の質感に近付けることが難しく、実現化することはありませんでした。しかし、クセーノ博士が俺の戦闘用パーツを開発する傍ら、医療機関と連携してサイボーグ体を普通の人間のように見せるための研究を進める中で、つい最近、伸縮性や耐久性、審美性で基準値を超える物ができたそうです。なおロンググローブのように着用できる腕版も開発されていますが、俺の場合は戦闘に特化した腕なので装着が難しく、先程お見せしたパーツの開発に至ったそうです。こちらの脚版の人工皮膚は大腿部分までとなりますが、特殊素材が編み込まれており、磁石のように金属の身体に張り付きますので歩行中にズレる心配はありません。膝まで隠れるズボンを履けば、普通の人間の脚のように見えることでしょう。なお万が一着用中に戦闘になった場合は、流石に戦闘用の耐久性ではないために使い捨てとなるそうです。さらに、こちらは首用で、首はもっともよく動き、もっとも露出する筋肉のために直接体に貼り付けた方が違和感なく綺麗に見えるそうなのですが、折角だからついでに作ってみた、とのことです。」

 怒涛の解説に頭が痛くなり、目頭を押さえる。いつものことではあるが、ジェノスの話は要点がどこにあるのかわからない。

「ジェノス、二十文字以内」
「……手足は隠します!一緒に行きたいです!!」

 数秒の思考の後、答えるとともに勢いよく正座からの土下座を繰り出してきた。額を床に打ちつけんとする勢いで、しかしギリギリのところでピタリと止まるはおそらく、過去にも土下座で床を凹まされかけたときに慌てて手を滑り込ませて阻止し、本気で注意したことがあるからだろう。

(それにしても、そんなに行きたいのか。まぁ最近は寒くて、パトロール以外でどこか行くったって、スーパーくらいしか行ってなかったからなぁ……)

 手足を誤魔化したところで、女に騒がれるその顔は隠しようがないぞ、と言おうとして、考えてみればまだガキだし遊びたいときもあるよな、と思い直して黙る。ここは一番身近な大人として、もっと色んなところに連れて行ってやるべきか。

「……まぁ、良いけどよ。んじゃ明日は早めに家出て、パトロールついでに歩いて行こうぜ」
「っ、はい!!朝から娯楽漬けながらもヒーロー活動を怠らないとは、先生、流石です!!」
「娯楽漬けって……」

 威勢の良い声と、悪意のない満面の笑みで返される。一言余計だが、言い返す言葉が何も見付からず、そのまま口をつぐんで溜め息として吐き出すと、ジェノスが不思議そうに首を傾げた。

(弟子として背中を流すとか言う前に、その辛辣な言葉遣いを無自覚に吐く癖をなんとかしてほしい……)

「では、先生、明日は何時に起床されますか?一番近い店はY市のようですが、この住所だと家から徒歩で1時間半くらいかかるかと思います」
「んー、そだな、9時オープンで……朝飯は家で食いたいから……いつも通り7時くらいで良いだろ」
「7時ですね!わかりました!」

 すかさず、ピピッ、と微かな電子音がジェノスの体内から聞こえる。

「んじゃ、そゆことで。俺はなんかもう疲れたから寝るわ」

 渡されたパーツはジェノスに返し、大切なチケットをなくさないようPC用デスクに置いて、もそもそと自分の布団に潜り込む。枕に頭を預けると、ふわぁ、とあくびがこぼれた。

「明日は7時に起こしますね。先生、おやすみなさい」
「んー。おやすみぃ」

 目を瞑って返事をすると部屋の電気が消される。ジェノスが先程のパーツを整理する音を聞きながら眠りに就いた。

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