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サイ夕マ先生、スーパー銭湯に行く

「あっづー……」
「先生、体温が上がりすぎてます。そろそろ出ましょう」
「くっそ、お前脳みそ自前なのにサウナ平気なのかよー」

 ふとした思いつきで今夜の晩飯当番をかけてサウナ耐久バトルをしていたが、先に音を上げてしまった。自分達が座っていた場所に手桶で湯を掛けて洗い流し、外のシャワーで軽く汗を流す。

「水風呂入ろうぜ……」

 16度の水温を示す浴槽にフラフラと吸い寄せられて足をつける。痺れるような冷たさを我慢しながら、ジェノスとともに全身を浸す。

「っはぁー……」

 深呼吸してゆっくり目を開けてみると、水温計が何故か20度を超えている。

「ん?」
「え?」

 奇妙な現象に二人して目をぱちくりさせていると。

「……はっ?!しまった俺かっ!」

 ジェノスが勢い良く立ち上がる。何事かと驚いたが、金属の胴体を見てすぐに合点がいった。

「ぶっ、はははっ!こらー、水風呂をぬるくするなよー!」
「すみませんっ、また油断……!」

 慌てて水風呂の浴槽をまたぎ出て、両手で顔を覆って空を仰いでいる。この手足なら何の問題も無いと思ったんですが、と聞いても無いのに言い訳をしてる。

「はは、別に怒ってねぇって」

(普段真面目なのに、こういう変なところで抜けてるの、ほんと面白いよなー)

 油断癖の直らないジェノスに笑いを零し、続いて水風呂から出る。

「はー、やっぱサウナは良いな。そろそろ岩盤浴も行ってみるか!」
「はいっ、行きましょう!」

 油断癖は直らないが、立ち直りは早いジェノスが嬉々として後ろを着いてくるのを感じながら脱衣所へ戻り、手早く体を拭いて岩盤浴着に着替える。

「えっ、先生、パンツ履かないんですか?」
「汗掻くのに何でわざわざパンツ履くんだよ?」
「そんな?!」

 謎の衝撃を受けているジェノスが理解できず、とりあえず受付で貰ったミネラルウォーターで水分補給をする。

「……そもそも俺、替えのパンツなんて持ってきてねぇし」
「なっ?!しまった俺としたことが先生のパンツを忘れていた……!」

 二度目の衝撃を受けているジェノスには若干ひく。さっきから一体何を気にしているのか。

(ていうかパンツパンツうるさいっての……)

「お前なんて年中ノーパンじゃねぇか。ほら、さっさと着替えろよ」

 新しい茶色のフェイスタオルを首にかけ、岩盤浴用の大判のタオルと水を持って催促することでようやく着替え始めた。紺色の七分袖、七分丈から少し覗く手足は肌色で、黒目と横から見たときに首と顎の境目に少し黒色が見えるという違和感以外には、全身サイボーグには見えない。しかしそれにしても、顔の圧が強い。違和感が凄い。

「……イケメンって大変なんだなぁ」
「はい?」

 ジェノスのロッカーからも茶色のフェイスタオルを引っ張り出し、輝く金髪を隠すように頭からかぶせた。

「あ、の、先生?」
「ほら、行くぞー」

 返事を待たずにペタペタと裸足で歩き出せば、後ろかろ早歩きで追いかけてくる。温泉と斜め向かいにある岩盤浴スペースに行くと、入り口直ぐ側に飲料が数本入った冷蔵庫があった。

「なるほど、名前を書いて冷やしておけるんですね」

 冷蔵庫の直ぐそばには小さめの机と椅子、その上には油性マジックが数本。

「ふーん、考えられてんのな。ジェノス、これ頼むわ、俺ちょっと見回ってくる」
「はいっ」

 視界に映る沢山の本棚と漫画に気が逸り、自分のペットボトルをジェノスに預けて奥へと進む。少女漫画に少年漫画、青年漫画、ファッション誌、週刊誌、レシピ本、丸一日余裕で籠もっていられる量の本が所狭しと並べられている。本棚の合間には岩盤浴のドアがいくつかあり、他には漫画を読みながら寝転んで寛ぐ人がいるスペースもある。なんとなしに片足を乗せてみると、じんわり温かい。

(なるほど、岩盤浴の合間にここで休憩すればいいのか)

 辺りを見回しているとジェノスが戻ってきた。

「先生、水は冷蔵庫に入れてきました」
「ああ、ありがと。なんか岩盤浴も色々種類があるんだな。どれから行く?」

 それぞれ使っている岩石や温度に違いがあるものの、それがどう違うのかよくわからない。

「そうですね……、湯上がりにあまり熱いのはつらいと思うので、ここなんてどうです?」

 ジェノスが指差したドアの横には、岩塩ゲルマ房、43度と示されていた。たしかにこのくらいの温度が今の自分達には丁度良さそうだ。

「おっけ、入ってみようぜ」

 ギイィ、と音を響かせて中に入る。高湿度だがそこまで熱くない室内は、右側にはゲルマニウム、左側には岩塩が敷き詰められ、最奥の壁にはテレビが設置されていた。入口近くは出入りが多いかと懸念して奥へと進み、ゲルマニウム側には先客がいたため岩塩側に大判タオルを敷いて寝そべる。

「先生、ホームページにまずはうつ伏せ5分、それから仰向け10分が良いと書いてましたよ」
「ん」

 ジェノスの前知識に従って転がり、手を枕にしてうつ伏せになる。お腹や胸がじんわりと温かくて気持ちいい。

「おぉ、あったけぇ。あ、でもこれじゃ時計見えないじゃん」
「そこは俺にお任せ下さい」

 顔を横に向けると、同じくうつ伏せ寝をしてこちらを向くジェノスがドヤ顔をしていた。

「はは、んじゃタイムキーパーよろしく」
「はい!」

 安心と信頼のジェノス時計に任せて目を閉じ、入浴とはまた違う温かさを感じることに集中する。

(この、じんわり温かいの気持ちいいな……。滞在中漫画も読み放題で、風呂とこれなら、1600円はアリかも……いや、でも、1600円もあったら3食分の食費出せるしな……、……漫画何読もう…………)

 しばらくボンヤリ考え事をしていると、先生5分経ちましたよと声をかけられ目を開ける。5分は意外と早い。仰向けになり、近くの木枕を引き寄せて頭を預ける。自分の服が少し湿っているのを感じ、腹を直接触ってみると汗ばんでいた。

「おぉ、もう汗かいてる」
「先生は代謝が良いので、汗をかきやすいんでしょうね。……あの、ちょっと目を閉じていただけますか?」
「ん?」

 言われるがままに目を閉じると顔の上半分をタオルで覆われた。

「ジェノス?」
「そのまま、動かないで……」

 何事かと思っているとタオル越しの目の上に何かが、いや岩塩が置かれていくのを感じる。目元がじんわりと温められるのと適度な重さが気持ちいい。

「ジェノス、グッジョブ……」

 顔が見えないのでサムズアップしながら感謝を伝える。ここも温めておきましょうね、とお腹の上にも岩塩が置かれた。

「あー、すげぇ良い、これ寝ちゃいそう……」
「寝ても大丈夫ですよ、水分不足になる前に俺が起こします」

 低い声に静かに囁かれると睡魔が尚のこと増してくる。ふわぁ、とあくびを漏らすと目の上から岩塩が零れ落ちた。が、ジェノスがもう一度目の上に置いてくれた。

「ん、じゃあ、おやすみ……」
「はい、おやすみなさい」

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