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サイ夕マ先生と夕暮れの公園

<もうすぐ6時になります。事故などに気を付けて、早くお家に帰りましょう>

 パトロール帰りにスーパーに寄って、近道をするためにこの辺りでは比較的広い部類に入る公園を縦断する。行政の無線が帰宅時間を告げる中を進むと、時間など気にしない様子で遊んでいる子ども達が目に付いた。

「――俺が子どもだった頃、門限は5時でしたよ」
「ああ、なんかお前、子どもの頃からそういうところ真面目っぽいイメージあるわ。俺んとこは超放任主義だったから何時に帰っても何も言われなかったな」

 野球を続ける子らに帰宅を促しに行こうとすると、サイタマ先生に「人気ヒーローのお前が行くと余計に帰らなくなるぞ」と引き留められ、それが容易に想像できた。
 それに、と先生が指差した方向を見ると、野球チームの監督だろうか、同じユニフォームをまとった大人がいた。流石先生、よく見ていらっしゃる。早とちりするのは俺の悪い癖だ、改善しなければ。そう先生ノートに書き付けながら運動場を通り抜けると、滑り台やブランコ、うんてい、鉄棒などの遊具のあるエリアに出た。

「あーっ! 見ろよハゲ兄(にい)だ!」
「うわっ、マジだ! ハゲ兄だ! 久しぶり!」
「え、あれが前に話してたヒーロー?」
「ってか横にいるの鬼サイボーグじゃん!? すっげー! かっけー!」

 ジャングルジムで遊んでいた小学生数名が、こちらに気付くとともに、隣を歩くサイタマ先生を指差しながら駆け寄ってきた。

「ん? げっ、忘れてた。ここコイツらのナワバリだったわ」

 先生が早足でその場を離れようとしたが、全力ダッシュの子どもの方が一足早く、あっという間に囲まれ、そのうちの一人があろうことかジャンプして先生の背中にしがみついた。

「うぉっ!?」
「先生、大丈夫ですか!? っ、ガキども今すぐ先生から離れろ!」

 俺の先生に出会い頭に抱きつくとは、子どもとはいえ百万光年早い! 羨ましい! 引き剥がそうと手を伸ばしたが、何かを諦めたような顔の先生に、子ども相手だからと押し下げられてしまった。

「ハゲ兄、久しぶりじゃん!」
「最近このあたりパトロールしないの?」
「うわ、ハゲマントって本当にツルッパゲなんだ!」

 子どもらが、いや、クソガキどもが無邪気にハゲを連呼し、先生の眉間に皺が寄る。あぁ、これは、マズい。

「っだー! ウッセー! ハゲハゲ言うんじゃねぇぇっ!」

 荒ぶる先生が叫ぶが、それも面白いようで逆にケタケタと笑っている。――これは一体どういうことなのか?

「あの、先生、この礼儀知らずのガキどもをご存知なのですか?」
「ん、あぁ……」

 お身体のあちこちに男児を引っ付けた先生が、溜め息交じりに返事をしながら腕を持ち上げた。スーパーの袋と一緒に腕にしがみついた一人が持ち上がり、声を上げて笑っている。その腕から今すぐ離れろ、と言うと、また先生にたしなめられた。その遣り取りが面白いのか、背中に子泣きじじいのようにしがみついた一番のクソガキが笑いながらこちらを向いた。

「俺達、前にこの公園で怪人に襲われそうになって、ハゲ兄に助けて貰ったんだ! なっ!」
「うん、スッゲーかっこよかった! 一撃!」
「えぇ、それマジの話? ぜってぇ鬼サイボーグの方が強いだろ。だってサイボーグだぞ、ピカピカでかっこいいし」
「マジだって何度も言ってるだろ! それにピカピカならハゲ兄も――」
「うるせーっ!」

 口々に自由に喋る内容を聞いて理解する。なるほど、助けた子どもに懐かれたということか。このように子どもにも好かれ憧れられるとは、先生ほどのヒーローはいませんっ! が、しかし、俺と先生を比較するとは、なんと恐れ多い。

「俺よりもサイタマ先生の方が強い。先生はこの世の誰よりも強く、崇高で、素晴らしいヒーローであり、俺の師匠だ」

 先生のことをハゲ呼ばわりするのは聞くに堪えないが、その強さと格好良さを理解するのならば今回だけ特別に見逃してやらないこともない。

「ほら!鬼サイボーグも言ってるじゃん!」
「スーコーって何?」
「えぇー。でもハゲマントが鬼サイボーグの邪魔してるって母ちゃんが言ってたけど」
「あ、お前んとこの母ちゃん確か鬼サイボーグファンなんだっけ?」

 ――先生が俺の邪魔をしているだと!? こんな子どもまでもがそんな噂を信じているというのか! 俺の方こそ先生の足手纏いにならぬよう日々鍛錬をし、修行をつけていただいている身だというのに!

「それはっ」
「はぁ? ちげーよ、ハゲ兄はそんなんしねぇ」

 否定しようとしたところ、さっきからずっと先生の背中に引っ付いているクソガキAが俺よりも早く先生を擁護し、口を閉ざす。

「ハゲ兄、急に現れて、ワンパン決めて、すぐどっか行くんだもん。俺達が怪人から助けて貰ったのだって、なんか違うヒーローの名前がTVで言われてたし。俺すぐ母ちゃんに協会に違うって電話してもらったけど」
「それな。俺も母ちゃんに電話して貰った。ハゲ兄のあんなパンチ、生で見たらサイキョーだって皆わかるのにな」
「大人はゲームとかしないから、一撃で敵倒せるやつが一番強いってわかんないんだよ」
「あー、なるほどなー」

 クソガキは訂正しよう、先生のことをよく理解しているお子様どもだ。まったくもってその通り、先生は人助けをしても、聞かれなければ名前も告げずに立ち去ってしまう。ゆえに正当な評価を受けられず、たまたま近くにいた他のヒーローの手柄になってしまうことすらある。横取りだなんて、それを言うのならば先生こそ誰よりも多く横取りされている。

「別にそんなことしなくても良いのに。――ほらお前ら、もう6時なんだからさっさと帰れよ」

 呆れ顔の先生が、でも少し嬉しそうな声音で、張り付いていたお子様どもを剥がしていく。

「あっ、そうだハゲ兄! これ見て!」

 そのうちの一人がジュニア携帯を取り出して写真を見せてきた。お子様Aとお子様Bが、先生と同じような黄色いコスチュームに白いマントを身に着けている。

「はは、お前ら俺のカッコして遊んでんの?」
「へへっ、お母さんが俺と弟の作ってくれたんだ」

 先生の本物のヒーロースーツとは程遠いが、なるほど子どもを納得させるデキではある。チラリと先生の様子を窺うと、照れくさそうに笑っておられた。

「せんせ――」
「ん、まぁ、なんだ、またそのうちどっかで会うこともあんだろ。今日はもう遅いし帰れよ」

 少しその頬が赤らんで見えるのは、この夕焼けのせいだろうか。

「もうちょっと早く公園来てくれたら良かったのになー。しょうがねぇ、今日は勘弁してやる! でも今度会うときは一緒に遊ぼうぜ!」
「いや遊ばねぇよ」
「えぇー!」

 帰るのを渋るお子様どもに先生が溜め息を一つ吐く。

「お前らの親、晩飯作って待ってんだろうよ。俺も早く帰ってカレー食いてぇの」

 先生がスーパーの袋をガサリと持ち上げて指を差す。

「カレーなら仕方ねぇなぁ」
「うん、カレーの日は早く帰らないとな」
「あっ、そういえば今日、母ちゃんが晩飯カレーだって言ってた!」
「マジか、じゃあお前ダッシュで帰らねーとじゃん」

 ひとしきりカレーが話題になり、先程とは打って変わって帰ろうムードになっている。お子様とカレーの関係性は何なのだろうか。変わり身の早さに戸惑っているうちにもう自転車にまたがっている。

「んじゃ、ハゲ兄またなーっ!」
「今度またあのジャンプやってねー!」
「鬼サイボーグもバイバーイ!」
「ハゲマント……いやハゲ兄、さっきはごめん! 鬼サイボーグは母ちゃんに自慢しとくっ」
「だからハゲハゲ言うんじゃねーっつってんだろ!!」

 別れの挨拶に先生が怒鳴ると、またしても笑いが起き、そのまま逃げるようにして帰って行った。嵐のような一時だった。

「はー、なんかどっと疲れたわ」
「お疲れ様です先生。先生は子どもに人気なのですね」
「あぁ、まぁ、あのくらいの男の子はウンコとハゲが大好物だからな……」

 先生が再度深い溜め息を吐き出し、ゆっくりと歩き出す。

「先生、ところで、帰り際にお子様Cが言ってたあのジャンプとは何ですか?」
「お子様Cってお前……。あー、前に怪人から助けたときにさ、ギャン泣きで収拾つかなかったから、ヒーローごっこだって言って、あいつら抱えてちょっと上にジャンプしてやったんだよ。そしたらなんか、機嫌直ったのは良かったんだけど、この辺りのパトロールで会うたびに引っ付かれるようになってさぁ」

 んなっ、地上最強のヒーロー、ハゲマントもといサイタマ先生とヒーローごっこするとはなんと羨ましい! やはりクソガキで十分だ! 俺だって先生の神宿る体に全力でしがみつきたい、抱えられてジャンプされてみたい!

「先生、俺も、あのジャンプとやらをやって欲しいです」
「……はぁ? 何言ってんだ。てか自分でジャンプすれば良いじゃん、俺と違って方向転換も――」
「俺も先生とヒーローごっこしたいです」
「いや、ごっこじゃなくてお互いプロヒーローじゃん」

 しまった、言葉選びを間違えたらしい。先生に退かれている。退かれているが、手を口元に持って小首を傾げる癖があざと可愛い。

「クソッ、俺もあと10歳若ければ……!」

 いっそクセーノ博士に先程の子どもくらいのボディを作って貰うか。医療用サイボーグボディを使えば案外可能なのではないだろうか。いやしかし、流石にそれではいざというときに戦闘ができないか。あぁっ、怪人が多発する世の中が忌々しい!

「お前もたいがい面倒くせーガキだな……。まぁ、さっさと帰ってカレー煮込みたいし……、今日だけ特別だぞ、ジェノス君」
「えっ?」

 先生がニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべたかと思うと、片腕を引き上げられ、一瞬のうちに両肩に担ぎ上げられた。気付けばファイヤーマンズキャリーの状態で拘束されている。

「えっ? あっ、あの、先生!?」

 先生とこんなにも密着できるのは嬉しいが、しかし、これは思っていたのと違う。断じて違う。もっとこう、密着し合う感じが良いのであって、こんなプロレス技みたいなものではない。いやこれはこれで嬉しいけれども。というか今日はどこも欠損しておらず、数百キロある俺の体をこんなにも軽々と担ぐこの人の筋力はどうなっているのだろうか。この状態なら自然と背中や胸に手が当たるが触っていいのだろうか。――いや、投げ捨てられそうだからやめておくか。

 混乱して思考回路を迷走させていると、先生が少し屈み、脚に力を込めているのを感じた。

 ああ、マズい。このままで跳ぶつもりだ。

「先生、あの嬉しいのですが、持ち方をもっと、こうウッ!?」

 一瞬の振動で視界が揺れ、あっという間に地面が遠ざかる。人間業じゃない跳躍力。ビルの屋根伝いに着地を繰り返すが、その瞬間はどうしてかとても軽やかで、先生の肩の上で左右にブレることはない。最強の右腕に抱えられた俺の左脚は先生の胸と密接し、服の上からではわからないが逞しい胸筋を感じる。素晴らしい。素晴らしいがしかし、こうじゃないんです先生!

「こうじゃないんです先生〜〜!」
「うるせー! カレーの日は早く帰んだよっ!」

 夕日に向かって、先生が跳ぶ。肩の上には俺を、左手にはカレーの具材を携えて。

―終わり―

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