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サイ夕マ先生の1番くじ

「先生っ! 俺たちの一番くじが発売されます!」

 玄関を開けると同時に声を荒らげて足早に居間へとやってきたジェノスの勢いに面食らい、サイタマは読んでいた漫画を滑り落とした。

「は? えっ、なんて? ていうか大声を出すなよ」

 床に落とした漫画を拾い上げ、眉根を寄せて睨むが、ジェノスは意に介さずサイタマの目の前に正座する。

「この冬、俺たちの、一番くじが、発売されますっ!」
「一番くじ? ――って、ああ、あの、前に皿やらなんやら作ったやつか!」

 前のめりで話すジェノスに気圧されたサイタマが後ろに退きつつ、左上に視線を滑らせ、単語と記憶を一致させてぽんと手を打った。

「そうです、その一番くじですっ! ヒーロー協会が今度はS級ヒーローのくじを作ると言うので、サイタマ先生を抜きにするならば俺の肖像権を使わせないことを伝え、さらにキングからも俺と同じ意向を協会に伝えてもらいました。それらにより協会側もサイタマ先生グッズの製作を容認しまして、都合上サイタマ先生には秘密にしておりましたが、去年の企画立案から今日まで数ヶ月間、協会への様々な交渉と景品に関する打ち合わせを重ねてきました。そしてようやく本日、プレスリリースとなりましたので、先生にもご報告できるようになった次第です!」
「お、おお、ええと……?」
「そしてっ! 今回のグッズはこちらです!」

 ジェノスがデニムパンツの尻ポケットから4つ折りにした紙を取り出し、サイタマの目の前でバッと広げた。

「――あのさ、ジェノスくん。これ、なんで俺がこんなにフィギュアになってんの? てか俺ばっかじゃね? 流石におかしくない?」

 A賞・マジ顔ハゲマントフィギュア、B賞・通常顔ハゲマントフィギュア、ラストワン賞・A賞の色違いハゲマントフィギュア、さらにはC賞の墨絵やD賞のラバーストラップもハゲマントと記されており、二十種類中八種類もハゲマントグッズであることにサイタマは驚いて目を見張った。

「はい。協会の担当者が先生の強さ、男らしさ、格好良さ、素晴らしさをなかなか理解しなかったので、昼夜を問わず、いかに先生が素晴らしいかを伝えて説き伏せました!」
「うっわ、マジかー……」

 容易に想像できてしまったその状況に、サイタマは担当者が被った災難に思いを馳せ、眉間を摘まんで天を仰いだ。

 一方のジェノスは、そんなサイタマを見て「声にもならないほど感動している」と取り、今日までの努力が報われたことに笑顔を浮かべた。

「――あのさ。こういうのは事前に、俺にも相談しろよな」
「はい!」

 サイタマの本心とは異なる解釈をしているジェノスは、師もグッズ製作に関わりたかったのだろうと考え至り、笑顔のまま威勢良く返事をする。意図が伝わっていない様子にサイタマはため息をこぼし、手元のチラシを改めて見直す。ふと、自身のフィギュアの造形が気になった。やたらとヒーロースーツがピチピチしているし、顔には生気があるし、心なしか股間が強調されているようにも見える。

「なぁ、これ、ちょっと俺を美化しすぎじゃね?」
「いえ、そんなことはありません! 俺が収集したサイタマ先生の全データをもって忠実かつ完璧に再現しています!」
「あとほら、この、えっと、股間のところとか、なんでこんな――」
「はい! もちろんそちらも忠実に再現しました!」
「え? ……えっ?」
「あっ」

 ジェノスが「しまった」と顔に浮かべて手で口を押さえるが、時すでに遅し。

「なぁ、忠実に再現って、どういうこと?」
「それは、ハイ、ええと、その、まぁ、そのですね」

 声音を一段低くして微笑むサイタマが恐ろしくて直視できず、ジェノスは視線を泳がせて、いかにこの場を逃げ切ろうかと頭をフル回転させる。

 ――グシャリ。

 不意に紙を握りつぶす音がしてジェノスの肩が跳ね上がった。そっとサイタマを見て、ここは正直に話すべきだろうと観念する。

「先生の先生が平常なときの直径および長さ、ヒーロースーツを着用している際に浮き上がる幅、および厚み、そしてそれらによって生じるシワの寄り方を造形士に伝えて造りました」

 腰回りの造形には特に注力しており、最も作り直しをさせた部位であることは心に秘めて、他をありのままに伝える。

「は? え? いやもうどこからツッコんで良いのかわかんねーんだけどさ、まずお前、俺のチンコのデータなんて何で持ってんだよ」
「はい、それは先生とのセッ――」
「いや、やっぱり言うな。聞いた方が後悔しそうだわ」

 聞かれたままに答えようとするジェノスの口から不穏な単語を聞き取り、サイタマはすかさず右手でその口を塞いだ。手の内側で、物言いたげにモゴモゴとジェノスの口が動く。

「ていうか。そんなのが販売されるなんて俺スゲー嫌なんだけど」

 手足や胴体はまだしも、実測に基づいた股間を持つフィギュアが市場に流通するなど耐え難い、とサイタマはジェノスを睨む。
 その強い視線に怯むことなく、ジェノスの右手がサイタマの右手に添えられ、そっと押し下げて口を解放させた。自信に満ちあふれた微笑みを返す。

「その心配は無用です、先生っ!」
「なんでだよ。普通に嫌だわ、俺のチンコのサイズが反映されたフィギュアなんて」
「はい、俺も嫌です! これは俺があらゆる手段と金を駆使して、全店舗からロットで買い占めます! なので流通しません!」
「……な、え、なんて? 買い占め?」

 予想外の、しかし現実味のある言葉にサイタマは息をのんだ。
 
「すべてのくじを買い上げて、A賞、B賞、ラストワン賞、更にC賞とD賞のサイタマ先生グッズを確保した後、他ヒーローのはネットを通じて売りに出します。サイタマ先生のストーカー(笑)のグッズは、ヤツの目の前で燃やしてやります!」
「いや、いやいやちょっと待てジェノス」
「ということですので先生、俺はこれからあちこち根回しに動かないといけませんので、外出しますね。夕方には帰りますので、晩飯は俺が作ります。今日は素晴らしい日ですので、久々に肉を食いましょう!」
「いやだから、ちょ、待っ」

 サイタマの制止を聞かず、ジェノスは微笑みを浮かべたまま、どこかに電話をかけながら足早に家を出て行った。

 数分前までの静けさを取り戻した室内で、サイタマはそのまま後ろに倒れ、大の字で仰向けになる。

「はあぁ……」

 おそらく無理矢理巻き込まれたであろうキングに今度謝ろうと考えながら、サイタマは数秒天井を見つめ、そして目を閉じて不貞寝することにした。

――おしまい――
 

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