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一寸先生

 その後のヒーロー協会からの連絡によると、正しくは消すのではなく、5cmくらいに小さくしてしまう能力で、解除方法は調査中とのことだった。

 協会での保護を断りサイタマとともに帰宅したジェノスは、まず手始めに小人化してしまったサイタマに小さな服を繕った。それから、トイレに行きたがったサイタマのために、ペットボトルの蓋にティッシュをちぎって詰め、即席のトイレを作った。

「え、これ、マジで言ってる?」
「今のサイズの先生では普通のトイレは使えませんし、先生のその身体の大きさでは排泄物は俺にとってはゴマ粒ほどに小さいものでしょう。紙を被せていただければ、見ることなくゴミ箱に捨てますので、どうぞお気遣いなく」
「えぇー……」

 トイレの一件から、このサイズにあった家具が色々必要だと気付いたジェノスは、即日でミニチュア家具を買い揃えた。ベッドに浴槽、机、椅子、トイレ。それらを使うサイタマの可愛さに衝撃を受け、再び玩具屋に走り、更に赤い屋根の家と装飾品を買い足し、帰り道にホームセンターにも立ち寄ってガラスの小瓶とペンダント用として使えそうな細いチェーンも購入した。

 ガラスの小瓶とチェーンは熱で溶かして溶接し、即席のペンダントを作った。小人化したサイタマが心配だからと説き伏せ、外からは中身が見えないように加工をする条件と引き換えでジェノスの外出時には小瓶の中に入ってもらい、首から提げるようになった。
 それによりジェノスのすべての戦闘にサイタマが同行することとなったが、ジェノスが危ない状況となると、サイタマはじっとしていられず小瓶から飛び出して怪人を一撃で屠る。遠目にはまさか人間が、それも地上最強のヒーローがペンダントの中に入っているとはわからないため、テレビや新聞は連日「鬼サイボーグが無敗伝説をまたも更新!」などと騒ぎ立てた。

 そんな生活が続いた7日目、ヒーロー協会から「問題の怪人が保有していた小槌を使うと元の大きさに戻すことが出来る」という情報が入り、ようやくサイタマは元の大きさに戻ることができた。

「しかし、小さいって不便なもんだなぁ。飯もまともに食えねぇし。思ってたより早く戻れて良かった」
「ええ、はい、そうですね……」

 協会から帰宅し、少し前まで利用していたミニチュア家具をいじり喜ぶサイタマとは反対に、ジェノスは眉を寄せて俯く。
 ほぼ24時間常に小さなサイタマとともにあれたことに幸せを感じ、身を案じる一方で、このままでも良いかもしれないと思い始めていたところだった。

 そんなジェノスの様子に、サイタマは「あー」と唸った後、正面に立ち、その両頬に手を添えて無理やりに上を向かす。

「あのさ。俺が小さいままだと、こーゆーこともできないままだったけど、そっちの方が良かった?」
「え――」

 サイタマが何を意図しているのか聞こうとして口を開いたその瞬間、唇が重なった。

 一週間ぶりのキスだった。

「いえ――いえっ! 大きい先生の方が好きですっ!」
「うおわぁっ!?」

 ジェノスが勢いよくサイタマに飛びつき、そのまま床へと倒れ込む。

「小さい先生も素敵でしたが! 大きい先生は、もっと素敵です!」
「ちょっ、おま、いきなりがっつきすぎ」
「誘ったのは先生ですっ! それに、一週間もシてなかったのですから――先生、良いですよね?」

 欲望にギラつく瞳に見据えられながらキスの雨を浴び、さらに腹や胸を這う機械の手の感触に肩を震わせて、サイタマは小さく頷いた。

【終】

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