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授乳

「え、なんて?」

帰ってくるなり大切な話があると言って正座したジェノスの言葉に、何か変な聞き間違いをしたかと思って再度の説明を促す。しかし、至極真面目な表情をしたジェノスからは、先ほどと一言一句変わらない言葉が発せられた。

「俺に授乳してください、先生」

「えっと……、ジュニュウって、え? は? 何それ?」

ジュニュウって、「授乳」のことか? ――いや、こんな真剣な顔をしてまさかそんな突拍子もないことを言うはずないだろう。そう考えるものの脳内の辞書では授乳にしか変換できず、首を傾げてジェノスに疑問を投げる。

「はい。漢字だと、乳を授けると書いて、授乳です。母親が子どもに乳を飲ませる行為を指します」
「――あのさ、俺、男だし、乳なんて出ないんだけど?」

そうだった。こういつは「まさか、そんな」と思う言動を素面でする奴だった。

「はい、知っています」

こくり、と小さく頷くジェノスと正面から向き合い、無言のまま見つめ合う。体感にして十秒程度、待っていてもジェノスが何も続きを説明しようとしないので、やむなく「なんで」と聞き返す。

「はい、本日のパトロール先で怪人に遭遇し、戦闘には勝利したものの、その――倒す直前、相手に呪いなるものをかけられました。それが二十四時間以内に誰かに授乳してもらわないと爆発するものだそうで、現在、俺のあらゆる数値が臨界点に向けて上昇しています」
「は……はあああああああ!?」

爆発、って、そんなの死の宣告じゃねぇか! なのにその解除条件が授乳って。そんなふざけたことあってたまるか!

「博士のラボでいくつかのパーツを取り外してみたのですが、そうすると他の残存するパーツが異常値を出し、オーバーホールをするときと同様に頭部以外をすべて分離してもみたのですが、脳波に強い乱れが出ました。また、ここに戻る前に、試しに乳牛の乳を直接摂取してみたのですがそれでも状況は変わらず――怪人は俺に恥をかかせることを目的としているようでしたので、おそらく同じ人間同士でないと意味がないのだと思います。最悪、協会を通じて女性の協力を得ることも考えてはいますが、それは避けたく――それで、サイタマ先生にご協力いただけないかと思い、お願いをした次第です」

俺の様子を察したらしいジェノスがようやく詳しい説明をしてくれるものの、何を言っているのか意味がわからない。理解が追いつかない。要は、その授乳というクソな条件をクリアできないと、ジェノスが爆発して死んでしまうかもしれないってことなのか。

――嘘だろ、そんなの馬鹿馬鹿しいにも程がある。でも、もし、万が一、本当だったら?

「はぁ……。ぜんっぜんわかんねぇけど、わかった。胸をお前に吸われたところで、確かに俺なら別にどうってことねぇもんな。男同士でその条件がクリアできんのか疑問だけど、試してみるか」

「っ、先生! ありがとうございますっ!」

土下座するジェノスに「いいよ別に」とは言うものの、こいつが俺の胸を吸うところを想像してみると、なかなかに絵面が酷い。でもだからって無関係の女性まで巻き込むことを思えば、俺の胸の一つや二つ、貸してやることは造作もない。と、自分に言い聞かせながら服を脱いだ。

「……よし、こい、ジェノス」

ジェノスの隣で胡座を描き、両腕を広げる。ゆっくりとと近づいてくるジェノスの顔。見てられなくなって、ぎゅっと目を瞑った。

「ぅ、」

乳首を柔らかいもので挟まれる感覚。脳がそれをジェノスの唇に変換する。痛くはないが、ただただ変な感じがする。そこを、きゅっ、と吸われる。

「え、と、どうだ……?」

ジェノスは言葉を返さない。代わりに、きゅっ、きゅっ、と定間隔で吸引される。吸われたって出るものは何もないのに。

「ジェノス……?」

無言が不安になり、もう一度声をかけると、数度吸い上げてからジェノスが顔を上げた。

「先生、幸いにも、男同士でも効果があるようです」
「おぉ……!」
「ただ、吸う動作をすることで数値が若干下がるものの、平常時には遠く、今このように口を離しているとまた数値が上昇してしまうようです。――あの、先生、試しに平常時の数値に戻るまで続けさせていただいてもよろしいでしょうか。そこまで下がれば解消する問題なのか、試してみたいです」
「お、おぉ、いいぜ」
「ありがとうございます、では――」

再び目を瞑って耐える。何か他のことを考えていようと試みるも、胸をジェノスの髪の毛が撫ぜ、普段意識することすらない部位を吸われると、どうしても意識がそこに集中してしまう。気になるならばいっそ正しく認識してしまった方が気にならなくなるのではないか、と思い至ってそっと薄めを開ける。

「うわ……」

吸ってる。ジェノスが。俺の乳首を。
んくんくと唇が動き、それにあわせて乳首が僅かに引っ張られる。

「うぅ……」

安請け合いするんじゃなかった、と後悔が頭を占めるが、かといってこれを他人にやらせるよりかは、俺が耐えた方が全然マシのはずだ、と思い直し、また目を瞑った。

「――ジェノス、まだ?」

問いかけるが、答えは返ってこない。
初めのうちは吸われているとしか感じなかったのに、次第にむず痒さのような、くすぐったさのような感覚がしてくる。心なしか、吸われるのと同時に舐められているような気もする。でも、そうするってことは、その方が早くデータだかなんだかが良くなっているってことだろうか。わからないが、ジェノスが何も答えないので耐えるしかない。

「――ジェノス、まだ?」

さらに数分ほど経ってからまた問いかけるが、無言。ひたすらに吸われ舐められ続けることで、なんだか変な気持ちになってくる。なんていうか、もぞもぞするというか、忘れて久しいこの感覚は――

「ヒェぁっ!?」

考え事に意識をやったタイミングで、胸から新しい刺激が伝わり、思わず変な声をあげてしまった。
見ると、ジェノスの頭が反対側に移動し、さっきまで吸われ続けていた方はジェノスの機械の指に摘まれていた。

「え、えっ!? ジェノス何してんだ!?」

いや何してんだって言うのも最早おかしい状況ではあるけれど。授乳にその左手の動きは必要なのか!?

「ぅ、っ、うぅ――」

吸われ、摘まれて、違和感の正体を理解してしまった。これは、性的な感覚。胸の刺激がチンコへと直通で落ちていくような感じがして、それはだめだ、と必死に耐え忍ぶ。
早く、あぁどうか早く、これを終わらせてくれ!

「――先生、どうやら正常に戻ったようです。すべての数値が安定し、悪化するような様子は――先生?」
「っ、はぁ、はぁ、戻ったか、そう、よかった――」
「あ、あの、お顔が赤いですが大丈夫ですか先生? いつもより体温が高く、心拍数も――はっ、もしかして先生に何らかの悪影響が!?」
「ダイジョウブだから退いて、ちょっと風呂入ってくる」
「せんっ」

呼び止めようとするジェノスを押し退けてマジ駆け込みで風呂場兼トイレへ行って鍵をかける。ジェノスには――バレてないはずだ、多分。幸いにもシミにはなっていなかった下半身のテントを見て、ため息をこぼす。正面の鏡には、乳首を濡れ光らせたハゲの男が映った。

「はぁ、くそっ、二度としねぇぞこんなこと……!」

なかなか治らないジェノスの油断癖を思いおこしながら、明日は久々に手合わせをするかと考えてズボンを脱いだ。

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