その日のS級会議では、誰もが会議内容など頭に入らず、そもそも資料をまともに見ることすらできずにいた。毒舌のタツマキは口を閉ざし、キングは心音を鳴り響かせ、ゾンビマンはタバコの灰をテーブルに落とした。
その視線の先、鉄の無表情と噂される青年の微笑みに、周囲に花が飛んで見えるような機嫌の良さに、皆が呆気に取られていた。議事進行係のシッチすら、目の前の光景は何かの幻覚ではないかと疑い、言葉を発せずにいた。
一体どうしたというのか、何かの怪人の影響か、と皆々が目配せして押し黙っていたところで、最初に口を開いたのは鬼サイボーグ自身だった。
「どうした? 話を進めてくれ」
その声にシッチは自分の職務を思い出す。
「えっ、あ、あぁ、すまない。次の議題はー……」
資料に目線を落とし、もう一度顔を上げると、またしても鬼サイボーグが一人で微笑んでいた。いや、微笑みと表現できる範疇を超えて口角を上げて目を細めている。時折それを殺そうと唇をキュッと横一文字に結んでいるが、すぐに元の角度へと戻る。
シッチの異変に気付いた一同も鬼サイボーグを見て再び固まった。その中でただ一人、何かを察したかのような笑みを浮かべているぷりぷりプリズナーが、ゴホン、と咳払いをしたので、今度はそちらに注目が集まった。
「ジェノスちゃん、今日はもう帰って良いぞ。心ここにあらずのようだし。何か用件があれば追って協会スタッフから伝えさせよう」
「ん……そうだな、遅々として進まず時間の無駄だ」
はぁ、と呆れたように溜息を吐き、振り返りもせず、会議を進めなくした張本人が部屋を出て行った。
残されたメンバーは閉まるドアを見届けてから、堰を切らしたように話し出す。
「ちょっと! 何よアイツ!? ずーっとニヤニヤして気持ち悪いったらありゃしないわ!」
「ジェノス氏がサイタマ氏のいないところであんなに笑ってるの初めて見た……」
「凄いなぁ。あんなに繊細な表情ができるなんて、どんな構造になっているんだろ? 今度調べさせてくれないかなぁ」
「オイお前、何か知ってんのか?」
金属バットに問われたぷりぷりプリズナーは、慈愛に満ちた深い笑みとともに遠くを見つめた。
「あれは間違いなく……恋、だな」