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The SAITAMA Before Christmas 前編

「えっ、アイツ、サンタクロース信じてんの……?」

十二月某日、他愛のない話の流れから得た新情報にサイタマはゲームプレイの手を止めてしまい、キングが繰り出した容赦の無いに羽目技により画面上には本日五度目の「K.O.」が表示された。
今度こそ勝てる、と思っていた矢先の敗北に「ああああ!」と絶叫しながら床に突っ伏して、その原因となったことに考えを巡らせる。

サンタクロース。
クリスマス・イブの夜、良い子は夜眠っているうちにサンタクロースからプレゼントが贈られる。
内実、それは両親からの贈り物であり、頑なにサンタクロースを信じていた子どもも、歳を重ねるにつれその真実を知る。
親からのカミングアウトがなくても、偶然目が覚めて現場を見聞きしたり、友達や兄弟からネタバレされたりして知ってしまう。
だからこそ、サイタマはキングに問う。

「…………十九歳で、そんなことある?」

ジェノスの年齢で、それでなくとも両親を殺されるという重い過去を背負う身の上で、なおもサンタクロースを信じ続けているなんてあり得ない。
伏せた体勢そのままに顔だけをキングに向けて、そんな馬鹿な、とサイタマは目で訴える。

「ここ数年は枕元に新しいパーツが置いてあったって言ってたよ? で、博士に聞いても知らないって言ってたって」
「知らないって……誰がどう考えたってその博士の仕業じゃねぇか……」
「だよねぇ。でもさ、もし本気で信じているなら俺からネタバレするわけにはいかないし。それにほら、それでなくともジェノス氏は若くして色々大変だったわけじゃない? だから、そのぉ、ねぇ?」
「ねぇ、って言われても……」

キングは敢えてすべてを言いはしなかったが、言外にサンタクロース役の引き継ぎを求められていることは、普段言葉の裏を読まないサイタマでも流石にわかった。
もし本当にキングの言うとおりにジェノスがサンタクロースを信じているなら、今年その役回りができるのは同居している自分しかいない。そう思いはするが、「クリスマスだからって特に何かするつもりは無い」と、つい今しがたキングに話したばかりである。

「マジかー……」

ジェノスの年齢や境遇を考えればこそ、サンタクロースを信じているなんてありえない。
十中八九、キングの勘違いだろう。
それにもし万が一、本当に信じていたならば、これを機に現実を知るべきだ。

という考えと、

キングの言うことはさておき、毎年プレゼントを用意する博士の親心についてはわからなくはない。
若いうちから殺伐とした生き方をしてきたジェノスだからこそ、クリスマスに便乗して、ほんのひとときの気休めだったとしても幸せを感じてもらいたい。おそらくそう考えたのだろう。
それを思うと、自分もジェノスの師匠兼恋人として、クリスマスイベントに乗っかることはそう悪くない。悪くないがしかし現実的な問題として、サンタクロース役を引き継いでプレゼントを用意するには金がかかる。
気持ちがこもっていれば――ということはわかっているが、好物とはいえ数百円のオイルサーディンで済ませるわけにもいかない。

という考えが交錯する。


ヒーロー協会からの給料があるものの薄給のため、食費や生活費、漫画、ゲーム、パトロール中に見つける変な食べ物や飲み物を買い食いしていると、余裕はなくなる。
それでなくとも今月はすでに新作ゲームソフトを買ってしまって金欠である。

結果を知りながらも何らかの奇跡が起きてやしないかと開いたがま口財布には、折りたたんだ千円札数枚と小銭だけが覗いて見えた。

「マジかー……」

それなりのプレゼントを用意できるほどのお金がない。
そのどうしようもない現実に、サイタマは頭を抱え、先ほどと全く同じ言葉を繰り返して溜め息を吐いた。

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