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The SAITAMA Before Christmas 前編

十二月十五日、年内最後の長期メンテへ向かうジェノスを見送ってから、サイタマはZ市内の建設事務所へと向かった。
ヒーロー活動を始めたばかりで資金難だったころ、体力づくりと割の良い給料、かつ短期間雇用と、各条件の都合が良かったので何度かアルバイトしていた会社である。
本来ならば事前に電話すべきだろうが、個人経営の小さな会社、顔なじみの社員も多いし大丈夫だろう、と高をくくって何の前触れもなく事務所のドアを押し開けた。

「こんにちはー」

サイタマが声をかけると、パーテーションの奥から若い女性が現れ、ラフな服装のサイタマを見て頭からつま先まで視線を運び、眉を寄せる。
サイタマが働いていた頃の事務員は中年の女性一人しかおらず、今回もその人が出てくると思い込んでいたために、しまった、と心の中で呟く。

「あの、どちらさまでしょうか……?」

不審者を見るような女性の顔つきに、そりゃまぁそういう反応するよな、と事前連絡なく訪問したことを少し反省しながらサイタマは愛想笑いを浮かべる。

「あ、俺、サイタマって言うんだけど、社長か専務います? 名前出してもらったらわかると思うんだけど」
「ええと、アポイントはお取りでしょうか?」
「いや、特には」
「……確認してきますので、少々お待ちください」

今日の晩飯はどうしようかと考えながら、待つこと数分。
作業服を着こんだ年配の男性が姿を現すとともに、サイタマの頭部を見て絶句した。

「サイタマくん! ひさ、し……」
「ちょっと社長、どこ見てんすか」
「えっ、ああっ、いやごめん、前にうちで働いてくれていたときと随分違うからさぁ。――にしても久しぶりだね、急に何、どうしたの? もしかしてバイト?」
「うん、話が早くて助かる。単発で働きたいんだけど、何か仕事ある?」
「ある! 年末は何かと仕事が多いのに人手不足でさ、丁度良かった! とりあえず中で話そうか」

先程とは別の事務員が「本当にサイタマくんなの!?」と声をかけてくるのに苦笑いで返しながら、案内されて応接室へと向かい、テーブルセットがあるだけの簡素な部屋で対面に着席する。

「――で、だ。何があったの?」
「へ? 何って?」

きわめて真面目な顔で重々しく吐かれた言葉に、サイタマは何を聞かれているのかわからず首をかしげる。

「いや、だってこの短期間で“これ“だもん。――あぁ、言いにくいことなら無理に言わなくても良いけどさ」

これ、と言いながら男が自身の禿げあがった額をトントンと指先でつつく。
その動作を見てサイタマは「あー」と気だるげに返事しながら椅子に背を預けた。

「本当に何もないっつーか……、その、毎日筋トレしまくってたら、禿げた」
「へっ? 筋トレ? ――ぶっははははは! えぇ本当に? それでそんなことなる?」
「ちょっと! そっちだって同じような頭してんじゃねぇか!」
「はははっ、いやごめんごめん、まぁ深刻な問題抱えてるとかじゃないなら良かった――にしても筋トレでそんなになるまで――ぶふふっ、いやごめん、ふふっ」
「はぁ。急に来ておいてなんだけど、社長も忙しいだろうし、さっさと仕事の話しようぜ」

ため息まじりにサイタマが催促すると、男は「ふはぁ」と深く息を吐いてから改めてサイタマと向き合う。

「じゃあ、えっと――勤務可能な日にちと時間は?」
「入れるならすぐにでも、二十三日――いや、やっぱり二十二日までで、時間はできれば午後がいいんだけど、難しければ午前からでも」
「なるほど、彼女へのクリスマス資金か?」
「んなっ、ちが――わなくもない、けど……」

クリスマス直前まで働いていると本題のプレゼントを選ぶ時間がないな、と考え直して日付を言い改めたサイタマだったが、眼前のにやけ顔を見て、居心地の悪さに視線を逸らす。脳内ジェノスが先生、先生、と呼びかけてくるのを頭の中でシッシと追いやる。

「そうか~! 若いって良いよなぁ。俺も子どもが小さかった頃は美味いもの食べに行ったりしていたけど、子どもが独り立ちして、かみさんと二人っきりになってからはもうそういうのは――っと悪い、話がそれたな。うーん、そんな直近のド短期ですぐ入れるところなら――あ、Z市東区第一公園ってわかる?」
「ええと、たしか、隣にドラッグストアがある公園?」
「そうそう。その公園の隣にあるアパートが怪人被害に遭ってさ、建て替えるのに取り壊すんだけど、人手不足で遅れが出てて。十一時から夕方五時までで日当一万円。どう?」
「おぉっ、そんな近所だなんて最高じゃん! お願いしますっ!」

日当一万円。その魅惑的な響きにサイタマは二つ返事で快諾する。
さらに同じ市内ともなれば通勤時間もほんの数分で済むのも都合が良い。

「じゃぁ早速明日からで、現場担当者に話つけとくね。あ、そうそう、直行して貰うのに作業服と安全靴貸すからちょっと待ってて」
「おう」

今のサイタマならば、安全のための服も靴も無用である。が、しかし、現場においては現場監督によって安全確認が徹底的に行われることを知っていたため、郷に入らずんば郷に従えだよな、と考えて、水色の作業着と黒い安全靴、ヘルメットを受け取り、サイタマは会社を後にした。


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