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The SAITAMA Before Christmas 前編

その後もあちこちの現場に連れ回され、ガラ出し作業、足場組みの荷運び、イベントブース設営など、専門的な技術を必要としないあらゆる仕事を手伝い、「百人力」を体現する様に行く先々で生きる伝説のように扱われているうちに七日が過ぎた。

遅延していた仕事を相当巻き返したらしく、八日目に事務所へ借り物を返しに行った際には社長直々に転職しないかと誘われもしたが断り、サイタマはこの一週間で稼いだ金額を頭の中で数え直してはニヤける口元をマフラーで覆い隠して街を歩く。

初日から六日目までは一万五千円を貰い、最終日には「是非また手伝いにきてほしい」という言葉とともに二万円を貰えた。合計して十一万円もの現金。これだけあれば、たいていのものは買えるだろう。
そう考えたサイタマは普段行くことがないデパートのメンズのフロアに降り立ち、エスカレーター横の案内板とにらみ合う。

「腕時計はいらねぇだろうし、服……はこの時期に袖無しは売ってねぇしなぁ……。とりあえずぐるっと回ってみるか」

自身が立っている位置を起点にしてマップ上で順路を確認し、歩きながら左右の店に視線を巡らせる。
デパートなら何かしらあるだろう、と考えてのことだったが、逆に選択肢が多すぎて決めきれない。

一緒にどこかに出掛ける時用の鞄も良い気がするし、食器にしろ歯ブラシにしろ揃いの物を持ちたがるのでマフラーを揃えると喜びそうだ。靴はこだわりがありそうだから避けた方が無難か、財布も良いかも、いや、でも、ううん。

考えを巡らし歩くうちに一周し、再び案内板とにらみ合う。

「――あらっ、サイタマじゃない。珍しいところで会ったわね」

唐突に名前を呼ばれて声の方に振り向くと、よく知った女が立っていた。黒いワンピースに黒いハンドバック、白いファーコート。あまりにもデパートの高級な雰囲気に馴染んでいる立ち姿に、サイタマは目を細める。

「何しに来たんだ、ここ男物しかねぇぞ?」
「それはコッチの台詞よ。ここにはお高いものしかないわよ? 私はマツゲと山猿へのクリスマスプレゼントを買いにきたけど、そっちは――あぁ、もしかして鬼サイボーグに?」
「えっ、まぁ、うん。――なぁフブキ、アイツに何かやるとしたら、何が良いと思う?」
「ええ? うーん、そうねぇ……」

サイタマとジェノスが恋人同士であることをフブキは知っていたが、予期しない場所での偶然の出会いに「あのサイタマが」と内心酷く驚いていた。デパートでプレゼントを買おうとしていることも、このように真剣に悩み、自分に意見を求めることも、すべてが意外だった。そのためフブキも普段の鬼サイボーグを思い起こしながら本気で考える。

「あの子、身につけるものは焼いちゃうかもしれないから、香水なんて良いんじゃない?」
「香水? そっか、においなら壊したり燃やしたりする心配いらねぇもんな。でも俺、香水の選び方なんてわかんねぇし――」
「そんなの、贈る相手に似合うと思う物を選べば良いのよ。香水売り場はたしか一つ下のフロアだったはず」

何ら確認や同意を得ることなく当たり前のように先導して歩き、「何してるの、早く来なさい」と振り向き言い捨てるフブキに、いつもこんな感じでフブキ組の男を連れ歩いているんだろうなぁ、とぼんやり考えながら、サイタマは案内されるがままに歩き、香水売り場へと到着する。同じような形をした瓶がズラリと並ぶ様と立ち上るにおいに一瞬めまいを感じ、一歩後退った。

「鬼サイボーグの年齢と容姿なら重たいものはあまり似合わなさそうだし、この辺りの棚から選んでみたらどうかしら? 私もマフラーとネクタイを考えていたけど、今年は香水にしようかしら」

重たい、というのがどういうことを意味するのかサイタマには理解できなかったが、フブキが陳列されている小瓶を手に取り、蓋を開けて嗅いでは「うーん、これはちょっと甘すぎるわね」などと呟くのを見て、サイタマも近くにあった適当な瓶を手に取り、自身の鼻に近づける。

「うぐっ、くせぇ……!」

加減がわからず勢いよく吸い込んでしまったことで、強い匂いがサイタマの鼻腔をつき、顔をしかめる。フブキが「吸い過ぎよ」と言って笑うのを、「うるせぇ」と返しながら別の瓶を手に取った。

こんな甘ったるいにおいはジェノスには似合わない。これは爽やかすぎる。これはオヤジくさい。このにおいは俺が嫌だ。

何本も吸っては顔をしかめる動作を繰り返し、これはなかなか大変な作業だ、と思い始めていたところで、ふと一本のボトルに目が留まる。宝石のようにカットされたブルーの本体、その中央には金色のレリーフが輝き、スプレー部分も同じく金色。「ジェノスっぽい色だな」と無意識に独り言を零しながら、その前に立てられた小瓶を手に取る。

「あれ、これ……?」

一度鼻から遠ざけ、普通に一呼吸をし、確かめるためにもう一度吸い込む。

柑橘系のにおい、でもほの甘くもあり、ちょっとだけ色っぽいような感じもある。嗅いでいてツンとするようなキツさもなく、これならずっと嗅いでいられる。

もう一度ガラス棚の瓶を見て、ジェノスからこのニオイがするところをイメージしてみる。

同じ男として格好いいと思うし、六つも離れているからか可愛いと思うこともある。その両方に、これならぴったりあう気がする。ほんの少し感じるこの色気は、夜ともなると一人前の雄であり、余裕無く自分を求めるジェノスにもあうだろう。電気を消した部屋の中で、ギラギラと目を文字通り光らせて自分を見つめる、あの余裕のなさがたまらない――とまで考えたところでフブキに声をかけられて、サイタマはこんなところで何を考えてるんだ俺は、と思考を霧散させた。

「決まった?」
「あぁ、これにする。って、なんだフブキ、お前もう買ったの?」
「えぇ。――って、サイタマそれ、一万円超えてるけど予算大丈夫?」
「え? あー、まぁ、金ならあるし、大丈夫」

サイタマにとって一万円は大金であったが、わずか一週間の”軽労働”で得た十一万円が気持ちを大きくさせていた。財布から一万円札を二枚取り出しても、まだ九枚も残っている。デパートの店頭においては、財布の中にお札が何枚もあるという安心感は心強い。

支払いと同時にプレゼント用かと問われ、男が男に香水を贈るのはおかしいことだろうかと回答に悩んでいると、フブキが横から「そうよ、クリスマス用のラッピングをして」と答えた。小声で「おい」と言いつつも、丁寧にラッピングされた物を見て、やはりラッピングして貰って正解だったな、と考え直してサイタマはフブキに感謝を告げる。

「フブキ、今日はありがとな。良い物が買えた。また今度礼をするから」
「あら、お礼だなんてそんな、じゃあ今すぐこのフブキ組加入申請書にサインを――」
「あっ、俺この後予定があるんだった。それじゃ、またな」
「え、ちょっ、待ちなさいよっ! サイタマ――!」

ハンドバッグから紙を取り出し、続いてペンを出そうとしているフブキに嘘の予定を伝え、早足でその場を後にする。エスカレーターの左右に張られた鏡には、デパートの紙袋を持つ自身の姿が映る。その似合わなさに笑ってしまう。

”これ”は、念のためクリスマスの流儀に則って、寝ているジェノスの枕元に置いてやろう。起きたとき、どんな反応をするだろうか。「先生っ、サンタからプレゼントが!?」とか言うのだろうか。年齢を考えるとその反応はどうかと思いはするが、まぁ、アイツが”そう”なるのは悪くはないかも。そのときは「そうか、良かったな」と言ってやろう。

そこまで考えて、サイタマはふと思考を停止させる。

「あれ、ひょっとしてこれ、俺からのプレゼントは何もないってことになるのか……?」

キングの勘違いだとは思うものの、もし万が一、ジェノスがサンタクロースからのプレゼントだと信じたならば、贈ったのが自分だとしても設定上はそうはならない。これはどうしたものか、と悩みながらエスカレーターを降り続けているうちに目的の階を過ぎ、地下一階の食料品売り場へとたどり着いた。

そうだ、デパートならば、スーパーとは違って高級志向のオイルサーディンがあるかもしれない。もしあれば、それを二、三個ほど買おう。ジェノスの好物だから確実に喜ぶし、最初はそれを考えていたくらいだから、受け取る側も俺っぽいプレゼントだと思うだろう。何も用意してないと思われるのは癪だし、本命のプレゼントを悟らせないブラフにもなり、ちょうど良い。

案内板を見て海産物エリアの方角を確認し、サイタマは折角買ったばかりのプレゼントをなくさないよう紙袋を抱きかかえるようにして持ち、女性客で混み合う通路へ飛び込んだ。

-前半 終わり-

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