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Utopia -1話 都市伝説のゲーム-

  • 連載

「は? ジェノスが、何て?」

玄関ドアを開けた瞬間、矢継ぎ早に話されて、サイタマはドアノブに右手をかけたままキングを見上げて首を傾げた。
キングの家でホラーゲームを徹夜プレイして朝帰りをしており、今の今まで寝ていたところを騒音でたたき起こされた頭には、最も聞き慣れた「ジェノス」という単語しか入ってこない。

玄関ドアを乱打した騒音の主、もといキングは、タクシーでは進入できない立ち入り禁止区域のフェンスからサイタマの家まで走り、なんとか階段を登りきり、何度も扉を叩いては大声を張り上げていたので、既に疲労困憊だった。一度で伝わらないじれったさに、自然と声を荒らげる。

「ああもうっ! だからっ、ジェノス氏が! 飛ばされちゃったんだって! 怪人が作ったゲームの世界に!!」

必死な形相のキングと、眉間に皺を寄せて開口したまま固まったサイタマが見つめ合う。
数秒の無言の後、サイタマが破顔した。

「ははっ、キング、今日エイプリルフールじゃねぇ――」
「っ、俺だってこんなの、冗談だったら良かったよ!? こんなことが現実に起こるなんて! って、詳しい説明は移動しながらするから、とにかく今すぐ支度して! 俺と一緒にヒーロー協会本部に来て!!」
「えぇ……? 全然わかんねぇけど、まぁ、わかった、服着替えるからちょっと入って待ってろ」

鬼気迫るキングの様子に圧倒され、サイタマはコクコクと何度も小さく頷き、キングを玄関内へと招き入れる。

頭を掻きながら部屋へと戻ると、テーブルの上にジェノスの書き置き―B市でスーパーの開店セールがあるそうなので行ってきます、と書かれてある―を見つけ、サイタマは「スーパーに行ったんじゃないのか?」と独り言を零し、パジャマから普段着に着替えてキングとともにヒーロー協会本部へと向かった。

 

 

時は三時間前に遡る。

朝帰りをしたサイタマを生活音で起こさないために、また、不足している調味料や日用品の買い出しをするために、ジェノスはB市のスーパーに向かっていた。

目的のスーパーが開店セールをすることは、お得な地域情報を発信するブログやSNSアカウントを巡回している中で偶然見つけたものだった。
投稿されていた特売チラシ画像を自身に取り込み、移動中に何度も再確認しては、この価格で買えたことを報告したらどれほど喜ばれるだろうか、サイタマの笑顔に思いを馳せ、移動速度を上げる。

しかし、機嫌良くスーパーに向かっていたジェノスの足を、尻ポケットで鳴り響いた着信音が止めた。

「協会からか……」

買い出しの予定が狂うだろうことに舌打ちしてから、ジェノスは携帯電話の通話ボタンを押した。

「何の用だ」
『あっ、お疲れ様です! ヒーロー協会本部司令室です! 鬼サイボーグさんに緊急出動要請です。現在、B市のゲーム開発会社にて怪人が人質を取り立てこもり中。人質の人数は不明ですが、脱出した社員の話によると、社長を含む役員数名が見当たらないとのことです。怪人は人質の解放要件として、なぜかS級ヒーローを呼ぶよう求めています。鬼サイボーグさんが最も近くにいらっしゃいますので、急行していただけますか』
「わかった。現場の住所を教えてくれ」
『ありがとうございます! 住所は、B市西区五丁目三番地十号。株式会社アクロウゲームスです』
「西区五丁目……近いな、十分以内に着く」

予想したとおりの状況に、ジェノスの脳内から笑顔のサイタマが消える。
しかし、即座に解決すればなんとか間に合うかと思い直し、一度通り過ぎた場所へと向かうため、ジェノスはきびすを返して跳躍した。

「何か怪人の情報はあるか」

ジェノスはこれまでサイタマの指導の下で多くの怪人を討伐してきたが、力試しをしたがる一部の怪人を除き、多くはS級ヒーローを忌避していた。自分の姿を見るやいなや、逃げ出す怪人も少なくなかった。

それが、怪人自らS級ヒーローを呼び寄せるとは。苦戦を強いられるかもしれない。

油断するな、とはサイタマからことあるごとに言われてきた言葉である。
確実に倒すために、ジェノスは携帯電話をスピーカーモードにして走った。

『はい、少々お待ちください。――現地からの情報によると、自分はこの会社の元社員であり、ネットで伝説になっているゲーム、ユートピアというタイトルの制作者だ、と言っているそうでして』
「ユートピア? なんだそれは?」

理想的な社会の実現により栄える架空の国家、理想郷、どこにもない場所。
ユートピアから連想される言葉を、ジェノスは頭の中に並べていく。

『ある掲示板によると、プレイヤーをゲームの世界に飛ばすそうで、クリアした者はゲーム内のアイテムを何でも一つ現実世界に持ち出せるそうです。ここ数日でゲーマーの行方不明事件が相次いでいることから実在するものではないかとウワサされており、協会でも怪人関与案件の疑いで調査を進めているところでした』
「ゲームの世界に飛ばす? にわかには信じがたいが……、あぁ、現場が見えた、他は向こうの者に聞く」
『はい、かしこまりました。どうかお気を付けください』

終話した携帯電話をポケットにねじ込み走りながら、ジェノスは近くの住宅の上へと跳躍する。規制線の内側から自分に向かって手を振るスーツ姿の男を見て、その前に着地した。

「状況は?」
「はい、複数名を人質にとり立てこもりを続けています。こちらからは怪人の姿は見えませんが、向こうからは、あの、アレで、こちらと連絡を取っています」

アレ、とヒーロー協会の現地スタッフが指を指した先には、カメラとスピーカーを搭載した小型の飛行体があり、同じタイミングでジェノスの方へと飛んでくる。

『鬼サイボーグ! S級ヒーローの中でも貴方が来てくださるとは恐悦至極うぅぅ!!』
「っ!? おい、S級を呼び寄せた要件は何だ。人質は無事なのか。早く人質を解放しろ」

怪人のあまりの喜びように、これは力自慢をしたいタイプか、遠隔攻撃の可能性もありうるか、と身構えつつ協会スタッフを手で追い払う。
また同時に、ジェノスは自身の機能により、建物内の怪人のすぐ近くに人質であろう人間の生体反応が五つあることも感知していた。

『まあまあそんな慌てないで、さっきも話していたんですけど、ちょっと僕の身の上話を聞いて貰えます?』
「……何だ」

さっきも、というのは電話で聞いた話だろうか、と知り得たばかりの情報を再確認しながら続きを促す。

『僕ね、新卒でこの会社に入って、それはもう辛い、とんでもなくブラックな人間関係と勤務体系でも音を上げず、十数年頑張ってゲーム制作をしてきたんすよ。それでようやくプロデューサーとしてゲームが作れることが決まったと思ったら、僕の企画をクソ上司が全部奪いやがりまして、その上の奴も社長も俺の話を聞かず、それどころか勤務姿勢に問題があるとか因縁つけられて、クビにされましてね。それはもう悔しくて悔しくて、こいつらを殺したくて殺したくて、――でも、それと同時に自分の手で生み出せなかったゲームのことをずっと考えていたら、気がついたら怪人化してたんすよー! ハハハハッ!』

今の話のどこに笑う要素があったのか、ジェノスには全く理解できず、ただ眼前のカメラを見据える。

『怪人になれたことについては、こいつらに少し感謝してるんすよ。いやぁ、怪人ってすごいっすね。ゲームの世界を本当に作れちゃうんだから。そこからはもうずっと、復讐よりもゲームを作り込むことに夢中になっちゃってねぇ』

復讐したいわけではないのなら人質を殺す意思はないのか、と考えて突入経路を演算していたジェノスだったが、続く言葉に目を見張った。

『でも、ゲームってさ、プレイヤーいてこそでしょ? だからさ、僕が関わったゲームにクソレビュー付けていた人達とか、自称事情通のゲーマー達にプレイさせてみたんだけど、クリアするどころかストーリー進行すらしないでやんの! はぁ、ほんとクソプレイヤーだよ!!』
「ゲームの中にも人質を取っているのか!? すぐに解放しろ、さもなくば――」
『アッハハ、無理無理ぃっ!』

ジェノスの怒声を、怪人の笑い声が掻き消す。

『ゲームクリアしないことには誰も出てこられないように作ったから無理だよ。だってそうしないと、僕が君たちヒーローに殺されたらそれで終わりになっちゃうでしょ。そんなクリア方法のゲームなんてあり得ないでしょ。――つまり、もし今ここで鬼サイボーグが俺を殺したって、誰一人として助からないんだよ』

話す声のトーンと一人称が変わったことに、今まで見てきた怪人とは一線を引いて異常な特質を持っている様子を感じ取り、また想定よりも遙かに多そうな人質の数にジェノスは手を強く握り混む。

「――なるほど、ゲームに捉えられた人を解放して欲しくば、そのゲームの中に入り、ゲームをクリアしろ、ということだな。わかった、やってやる。だがまずは今そこにいる人質を解放しろ」
『やったぁ、そう来なくっちゃ! 今解放するからちょっと待っててね』

数分の後、真っ青な顔をした五人の男達が建物から飛び出してきた。
それを追いかけるように、しかしゆったりとした歩調で、傍目には人間にしか見えないものの怪人と同じエネルギー反応を示す男が、ジェノスの前まで歩き、立ち止まった。

「あのさ、さっきも言ったけど、僕を殺したってこのゲームは止まらないよ? このゲーム機も壊せないし。寧ろ僕を殺しちゃうと、新しくハードを作れる人がいなくなるから、もし鬼サイボーグまで失敗するともうお手上げになっちゃうかもよ?」

ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる男を前に、ジェノスは舌打ちをし、照準を定めていた腕を下ろした。

「どうも。さ、これがそのゲームだよ」

男が差し出した筐体―黒い正方形のハードウェアの表面に、半月のような形のレリーフと「UTOPIA」が金色で印字されている―そのぱっと見には市販されているハードウェアと何ら遜色ない見た目に、ジェノスは何か騙されでもしているのではないかと戸惑いを隠せず、怪人とゲーム機器を交互に見遣る。

「ああ、形はそれっぽいでしょ? やっぱりこう、今からゲームするぞ、って感じも大切にしたいからこうしたんだ。でも、テレビも電源もwi-fiもなく動くよ。さあ、コントローラーを持って」

怪人に促されるままジェノスはコントローラーを手にする。
サイタマとキングがいつも使っているものと全く同じで、過去に何度か自身もプレイしたことがあるため、自然と両手でコントローラーを握る。

「スタートボタンを押すとゲームスタートだよ! ほら、早く!」

コントローラーの中央部に親指を伸ばし、ふとジェノスはサイタマを思い浮かべる。

もしかして、このような展開自体、何か自分が「油断した」せいなのではなかろうか。
今すぐこの怪人を捕まえて、ゲームについて詳しく調査した上で、挑んだ方が良いのではないか。

しかし、「この場合、サイタマ先生ならどうするか」を考えて、ジェノスはスタートボタンを押した。

 

 

~続く~

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